青春。メタモルフォーゼ

青春06 叔父さんが初めて私を撮った浜辺の夕暮れ r

2021/04/27

叔父さんの経営するマンションに引っ越してほぼ1ヵ月が経った。
山並みの緑が濃くなり、南の遠くの海が強く輝き始めていた。

その日の夕方、私は水泳の練習で疲れていた。
駅前のターミナルでバスを降りると、歩道を挟んだ反対側で叔父さんが手を振っていた。
すらりと背が高く、長い髪が風に揺れていた。
麻のジャケットを品よく着こなしていた。
傾きかけた西日が熱く感じられた。
白いワンボックスカーを背にして立ち、微笑んでいた。

部活、遅かったんだね。
君がバスから降りるのを偶然見かけたんだよ。
疲れただろう、乗りなさい

そう言って私を車に導いた。
私は叔父さんに促されて助手席に乗り込んだ。
後座席には撮影用の様々な機材が積み込まれて。

引っ越して来てから一月ほど経つが、叔父さんと顔を合わせたのはほんの数回だった。
夜のダイニングで、そして、朝学校へ行く時のエレベーター前でだった。
こちらが挨拶しても、目だけで挨拶を返してくるだけだった。
お祖父さんも奥さんの理香子さんも叔父さんについては何も触れなかったし、話題にもしなかった。
野際家では叔父さんの存在は無いに等しかった。

車は家とは反対方向に向かった。

あら?

思わず声を出すと叔父さんが言った。

まだ、ここの海を見たことがないだろう。
夕日が綺麗だよ。
案内してあげる。

そう言ってアクセルを踏んだ。

引っ越して来てから、学校とマンションとを往復するだけの生活を送っていた。
部屋にいる時は、英語と数学の勉強、そして、天文学の本に没頭した。
学校では、可能な限り水泳部で過ごし、後輩の指導や、秋の大会の練習に励んだ。
引っ越し以来、お父さんからの連絡は一度も無かった。
家族がバラバラになっているため、自分を忙しくして、心を強く保ちたかったからだ。
気を緩めたら、寂しさと心細さで泣きそうになるからだった。

車は街中を過ぎ、海岸線に出た。
左側に山肌が、右側に海が広がった。
水平線に陽が沈み始めていた。
5月の蒼穹が広がり、水平線や山並みの彼方にわずかな雲が浮かんでいるだけだった。
白い雲が夕陽に染められ痛々しかった。

暫く行くと海水浴場に出た。
シーズンを前にして、幾つかの海小屋がのぼりを立てていた。
かき氷を食べている人影がちらほらと見えた。
潮風がどっと体を包んだ。
心が一気に解放されるかのようだった。

海が綺麗だろう。
この辺の夕日はとても人気があるんだ。
デートスポットだよ。

叔父さんが歩きながら解説した。
そして、私にカメラを向け、シャッターを切りながら言った。

由希ちゃん、写真を撮らせてね。
凄く可愛いよ。
いや、奇麗だよ。
みんなからそう言われない?

そんなことないよ。
わたし、美人じゃない。
カメラは嫌。
恥ずかしい。
止めて!

いや、美人だ。
知的な美人だ。
そこいらの女子高生にはない、いい顔してるよ。
少し暗い顔だけど。
でもそれがとてもいい。

会話にならない会話をしながら、叔父さんは私を浜辺の端の岩場に連れて行った。
岩場の先端には釣り人の影があった。
さらにその先の海上には漁船が白く輝いて波にたゆたっていた。

テトラポットを辿り、磯の岩をに上った。
私は潮風に向かって顔を上げ、目を閉じ、思い切り風を吸い込んだ。
カメラのシャッターがが何回も何回も切られた。

由希ちゃん、いつか本気でモデルになって欲しいな。
由希ちゃんならいい作品が撮れそうだよ。

なぜかその言葉が心にひっかった。

暫く散歩して、辺りが暗くなり始めたので私たちは車に戻った。
美しい浜辺の光景が体の中に沁み込んだ。