青春。メタモルフォーゼ

青春04 私が叔父さんに預けられた春 r

2021/04/27

高校3年生になった春、私は父に連れられて実家の野際家に行った。
父は実家を嫌っていたのか、野際家との行き来はほとんどなかった。

広い門構えの旧家だった。
ここを訪れるのはほぼ5年振りだった。
大きな屋根を広げ、豊かな敷地を囲っていた。
その背後に、濃い緑のなだらかな山並みがあった。
反対の南側の遠くには海が見えた。

屋敷の隣には白亜の5階建てのビルが建っていた。
1階は野際家が経営する太陽不動産の事務所だった。
管理する不動産は、全て野際家のもので、土地やビル、一戸建て住宅、マンションなど膨大なものだった。
実家は、不動産の賃貸料で大きな利益を上げていた。
市内では有数の会社だった。

ビルの2階から上は賃貸マンションだった。
私には、5階の右端の部屋が当てがわれた。

父が運転して来た小型トラックには、私の服や靴、机やタンスなどの家具類、教科書や鞄や文具、ちょっとした小物などが積まれていた。
ビルの裏の駐車場に停めると、お手伝いの良枝さんが待っていた。
5年程前に会ったことがある、とても気さくな人だった。

私と良枝さんが荷物を降ろしている間に、父は隣の旧家へと向かった。
荷物を何回かに分けて、自分の部屋に運び入れが終わるのにおおよそ1時間ほどかかった。

部屋は1LDKで、南にベランダがあり、手前にフローリングの部屋があり、狭いリビング兼ダイニングがあり、キッチンがあった。
一人で暮らすには十分な広さだった。

荷物を部屋にほとんど収めた頃、予定していたベッドやダイニングテーブルなどを運送屋さんが運び込んで来た。
フローリングの部屋の壁のベランダ寄りにベッドを置き、その横に学習机を置いた。
机の横には小さな本棚や小物入れ等を置いた。
狭いリビングにダイニングテーブルや椅子をセットした。
反対側の壁には備え付けの押し入れやクローゼットがあり、収納はまあまあだった。
今までがらんとしていた部屋はたちまち、私色の部屋となった。

「素敵なお部屋ですね。」良枝さんが言った。
「そうね。キッチンまで付いてるわ。可愛いお部屋」
「ここから高校まで何で通うんですか?」
「バスよ。1時間ぐらいで行けるの。」

大方片付いたころ父が入って来た。
とても疲れた顔をしていた。
「話はついたよ」
ぼそりとそう言った。

父はテーブルを前に椅子に腰かけてぼんやりと窓の外を見ていた。
良枝さんは一仕事が終わったので帰って行った。
私はなすすべがなく、小さなコンロでお湯を沸かし、持参して来たインスタントコーヒーを作った。

「パパも飲む?」
「ありがとう」

父はコーヒーを一口飲んで、ポロリと涙をこぼした。

「由希すまない」
父は家族がバラバラになった事に苦しんでいた。
「気にしないで。頑張るわ」

父はIT企業を立ち上げ、そこそこの発展を遂げた。
得意先は、NTTや大手コンピュータメーカーなどから仕事をもらうプログラミング会社だった。
結婚し、私が生まれ、20年ほどが過ぎた。
しかし、IT業界の変動と競争は激しく、半年前に多額の負債を背負って倒産した。

倒産後の生活は苦しく、離婚して母が去って行き、今度は私が、野際家に引き取られることで家族は完全に分解した。

「必ず迎えに来るからな。暫く我慢してくれ」

父がそう言った時、叔父さんが入って来た。
野際清志。それが叔父さんの名前だ。パパの弟だ。

「オオ、由希ちゃんか! 大きくなったね」

叔父さんは感嘆の声を上げ、珍しい生き物を観るかのように、まず私を強く一瞥した。
次いでゆっくりと爪先から頭の頂上まで目で舐めた。
叔父さんの髪は長く、繊細な風貌で、目の光が湿っていた。
最後に会ったのは5年程前だろうか、私が中学1年生の頃だったと思う。

「とても美人になったね。モテるだろ」

そういう叔父さんの口元はすこし歪んでいた。
何となく嫌悪が感じらる顔だった。

「じゃ、由希、パパは用事が有るのでこれで帰るよ」
「うん」
そう答えながら、いきなり大きな寂しさに襲われた。

「由希ちゃんは預かるよ。兄貴、心配ないさ」
叔父さんが父に言った。
父は苦し気に微笑んで、ドアを開け、ドアを閉め、出て行った。