由香里の愛人日記

愛人日記67.別れの朝

不安な夢から目覚めた。
夢の中身は全く覚えていなかった。
不安という感情の記憶だけが残っていた。
寝室だった。
真っ暗だった。
当たりを見回しても誰もいなかった。

パパ

私は思わず声を出した。
答えはなかった。
パパに置いて行かれたのではないか?
不安というよりも恐怖心が湧き上がった。

寝室を出た。
私のガウンは何処に行ったのか、全裸だった。
隣のリビングを覗いた。
小さな照明が点いており、薄明りの中で、ソファーやテーブルがほのかに姿を現した。
テーブルの上には、昨夜の料理の残りや食材、器が散乱していた。

パパ

ともう一度呼んだ。

ウーン

という小さな呻き声が聞こえた。
声の方向を確かめると、床の絨毯の上で、乱れたガウンを纏ったパパが転がっていた。
小さな鼾をかいていた。

私はほっとした。
パパは一人では出て行かなかったのだ。

パパは運ぶには重すぎた。
ガウンの乱れを治してやり、寝室から軽い毛布を持って来て被せ、枕を当てがった。

パパを起こさないようにしながら、私はテーブルの上の散乱した食器やもろもろを音を立てないように隣のキッチンに運んだ。
そして、リビングのテーブルに雑巾を当てた。

その後、私はシャワーを浴びた。
アルコールのせいで少し頭痛がしていたが暖かいシャワーを浴びるとすっきりした。
昨夜の卑猥な痴態の名残りが洗い流されて、身体が清められて行く感じがした。

寝室に戻り、化粧台に向かって、簡単にメイクした。
そそくさと下着や服を身に着け、バッグの中身や、小物類を確かめて玄関に向かった。
リビングをよぎる時、私は剛一パパに軽く接吻した。
そして、手帳から切り取った紙切れに走り書きして、テーブルの上に置いた。

大好きなパパ。
大きな愛をありがとうございました。
今後の活躍を遠くから祈ってます。
さよなら。

音を殺して靴を履いた。
ドアを開けて外へ出て、後ろ手にゆっくりとドアを閉めた。

マンションを出ると背後でエントランスの大きな自動扉が閉じた。
パパとの日々が終わった。
私はそう思った。
涙が勝手にこぼれて来た。

遠くで電車が走る音がしていた。