愛人契約

愛人契約94.夕陽の中で、初めての出会いと愛を確かめる。r

2021/04/26

秋の空は速く暮れて行った。
西日が傾いたと思うと、たちまち夕焼雲が広がった。
都会のビル群が夕焼色に染め上げられた。

剛一と由香里はベランダに椅子を出して、肩を寄せ合って赤く燃える街と雲を見詰めていた。
二人とも分厚いパジャマに分厚いガウンを羽織っていた。
晩秋の風が少し冷たかったが心地よかった。
ビルの彼方から都会の騒音が海鳴りのように響いていた。
剛一が由香里の肩に腕を回していた。
由香里は剛一の肩に頭を預けていた。

二人の前には小さなテーブルがあり、ローストビーフやナッツ、果物類、サンドイッチ等の軽食が並べられていた。
そして、ウイスキーと水と氷が夕陽を受けて輝いていた。
先ほど剛一がフロントに注文したものだった。

外へ食事しに行こうかと剛一が言ったら、マンションでずーっと寄り添っていたい、という由香里の要望で、ベランダで食べることにしたのだった。

「寒くない?」剛一が訊いた。
「ちょうど良いくらい」由香里が答えた。
そして続けた。
「今日はずーっと、ずーっと一緒ね」
そう言う由香里の手に片方の手を重ねた。

「初めて会ったとき覚えてる?」由香里が訊いた。
「覚えてるよ。俺を買いたいって突然言い出したよね」
「そう、男に復讐したかった。無性に悔しく、腹立たしく、そして惨めだった。男を金で自由にしてみたかった。」
「そして俺たちはちょっと高級なホテルへ駆け込んだ」剛一が言った。
「そこで、パパは、私のパンストにこびりついた、あの獣のような熊谷のザーメンを舐め取ってくれた」由香里が言った。

由香里はさらに、剛一の顔をまじまじと見つめて言った。
「パパ、なぜそんなことが出来たの?私は見ず知らずの女だったでしょう。ましてやパンストの奥の汚らしいザーメンよ。なぜ舐めれたの?」
剛一はしばらく考えてから答えた。

「由香里の顔が俺をすごく惹きつけたのさ。怒りと、悔しさと、悲しさと、怯えと、そして救いを求める必死さが凄かった。きれいと言うよりも、切なく、願うような、胸を締め付けるような顔だった。俺は、ザーメンを放出した男を撃退する気持ちだった。何よりも由香里を奪回し救出したいと思ったんだ。」
「・・・」
「俺は由香里という存在に飛び込むような、ダイブするような気持ちだった。後先は考えられなかった。それほど由香里の表情が俺を掴んで離さなかった」

「由香里はどうだったの?」剛一が続けて訊いた。
「びっくりしたわ。まさか本当に舐めてくれるなんて思わなかった。」由香里が言った。
「でもその時の由香里はサドの女王様のようだった。容赦なく俺をいたぶった。」剛一が言った。

フフフ

と由香里が小さく笑って言った。
「私にはそんな素質もきっとあるのよ」

「でもね」由香里が続けた。
「パパがザーメンを舐め取ってくれた瞬間、勝負はついていたの。私の方がパパの虜になっちゃっていたの。なんてすごい人、なんて懐の深い人って思ったの。あとは、怒りに任せた惰性の演技だった。」
「そうか」剛一が由香里の肩を引き寄せた。

「その後、パパが私の口にザーメンを出したのを覚えてる?」
「覚えているよ。由香里の口の中への初めての射精だった。強烈な喜びを感じたよ」
「私がパパを一瞬にして好きになってた証拠よ。好きでないと私には絶対できないことなの」
「嬉しいよ」
「パパが好きになったから愛人契約を結んだのよ。お金のためじゃなく」
「本当にうれしい」

「パパに出会えてよかった」
「おれも由香里に出会えてよかった」

赤く燃え上がる街には、別れの時間へのカウントダウンが響いていた。