朝、由香里はカーテンから漏れている光の中で目が覚めた。
秘密のマンションだった。
昨夜の激しい悦楽の名残りが体の奥に残っていた。
隣に、剛一パパがいなかった。
辺りを見回すと、剛一パパはリビングのソファーの横の小さなデスクに向かって、ガウンを羽織り何かの書類に目を通していた。
剛一が読んでいるのは、昨夜ジョージ・ルーカスから受け取った資料だった。
スマホが鳴った。
雁屋遼介からだった。
凜と蘭を和歌山の潜水艦に送り込んで以来の連絡だった。
「剛ちゃん、暫く俺はアメリカへ姿を隠すよ。そちらも用心しろよ。」
「そうか。金は心配いらない。お前のカンパニーは俺が守っているから」剛一が言った。
「サンキュー」
「美希はどうしている?」
「いつものように、ホテルで顧客サービス係として頑張っているよ。由香里ちゃんが一層好きになったと言っていたよ。」
「美希とも暫くは会えないわけだ」
「そうだな、二、三年というところかな」
防衛省が川上興業という企業に、異常に安い価格で土地を売却したとして連日のニュースのトップを飾っていた。
防衛大臣が防衛相当局に圧力をかけて、川上興業に便宜を図ったのではないかという疑惑である。
国会でも、連日、野党が防衛大臣や防衛相当局の役員に質問を浴びせかけていた。
防衛大臣と川上興業の川上社長は、如月会の研究会で知り合い、現在では親友関係とまで噂されている。
如月会とは、日本の政治の有り方を研究するNPO法人である。
如月会には、政治研究部会、歴史研究部会、軍事研究部会、国際部会等幾つかの部会が組織されている。
それらいずれの組織も国内外の関係各所とネットワークし、情報と金が表と裏で大量にやり取りされていた。
今回の防衛相の問題の背後には、如月会の一層巨大な闇が絡んでいるのではないかという、各界からの疑惑が渦巻いていた。
如月会の理事長や事務局長には財界や文化人など錚錚たる人物が名を連ねている。
雁屋遼介は、この如月会の事務局企画課長として、極めて事務的で目立たない身分に納まっている。
しかし実際は遼介が、形式だけの理事長や事務局長の陰で、実質的で強力な権限を持っているのだ。
「俺の名前は未だ出ていないが、いつ出て来るとも限らない。今のうちに如月会の全てから俺の痕跡を消しておくよ。」
「その方がいい。実は俺も近々日本を離れる予定だ。欧州支社長としてフランスへ行くかもしれん」剛一パパが言った。
「フランスか。いい国だ。だが、今は危ない国だぞ」
「分かっている」剛一が言った。
「俺はアメリカへ飛ぶ。ペンタゴンの核心部分とのコネクションを作る予定だ」
「アメリカへはいつ発つんだ」
「来週に予定している」
「気をつけてな」剛一が言った。
「お互いにな」遼介がそう言って、電話を切った。
振り向くと由香里が立っていた。
驚いたように目を見開いて、こちらを見詰めていた。
「パパ、フランスへ行くの?」