振り向くと、由香里が驚いたように目を見開いて言った。
「パパ、フランスへ行くの?」
剛一は由香里を見つめ、黙って由香里の腰に手を回し引き寄せた。
はだけたガウンから覗いている由香里の臍に軽く接吻した。
由香里を膝の上にのせて、由香里の唇に軽く触れて、そして言った。
「もう少し後で言おうと思っていたんだが、聞こえてしまったんだね。」
そう言って経緯を語った。
剛一が属する帝国電器産業は、子会社のWWIT社が推進するナノサット・超小型人工衛星事業の実現に向けて、フランスに欧州支社を設立することにした。
その支社長に、剛一が抜擢された。
ヨーロッパ全体を視野に入れて、ナノサット需要を開拓するのが目的である。
取引先ターゲットとして、ASE・欧州宇宙機関、CERN・欧州原子核研究機構、他ロケット打ち上げ企業、新薬開発企業など数十の機関や企業が挙げられた。
しかし、剛一にはそれに伴うリスクが発生するのだ。
宇宙開発や原子核研究、まして、人工衛星打ち上げやロケット開発など、いずれも政治や軍事に密接に関わる分野である。
そのため、関係する人間は、各国の情報機関や諜報機関の監視の対象となってしまう。
フランスに行けば、彼らに四六時中監視される可能性があるのだ。
「だから・・」
剛一が言い淀んだ。
由香里は見開いた瞳に切ない光を湛えている。
「欧州支社長就任が近日中に公式に発表される。発表された時点から、俺はたちまち監視の対象になってしまう。そこで、由香里との関係が明るみに出たら、大変まずいことになるんだ」
「私とのスキャンダルね。パパの社内の立場が悪くなっちゃうのね。」
剛一は語り継いだ。
スキャンダルで社内での立場がどうなろうが、私には何の問題も無い。
私はそうやって生きてきた。
ルーカスの場合でも、私は自分の生き方を貫いた。
しかし、今回はただのスキャンダルでは収まりきらなくなる可能性がある。
場合によっては剛一はもとより、今のままの関係を続けていたら、由香里まで各国の情報機関の監視対象にされてしまう可能性がある。
情報収集や諜報活動は原則闇の活動だ。
その活動には時として暴力や死が付きまとう。
ましてや昨今、フランスではテロ事件がたびたび発生し、多数の死傷者を出している。
どんな組織がどの様な動きをしているか予測できない。
日本国内であっても危険性は同じだ。
そんな世界に由香里を巻き込みたくないのだ。
「だから・・・?」
由香里が剛一を見詰めて答えを促した。
暫くの間があった。
「だから・・・別れよう」
剛一が由香里を見詰めて言った。
二人の間に沈黙が流れた。