愛人契約

愛人契約86.懐かしいゲイ二人と再会。

2022/07/23

正輝と別れる決心をしてから数日経って、剛一から電話があった。
「懐かしい人と、今夜会いに行こう」
「誰?」
「会えばわかるよ」
由香里は気持ちの整理もしたく、また、無性に剛一と会いたくなっていた。

剛一と由香里を乗せたタクシーは神楽坂の一角の料亭の前で止まった。
こじんまりとしているが、風格と歴史を感じさせる料理屋だった。

ビルに挟まれた入り口は人目を避けるように狭く、玄関へ通じる通路は細く、両側には品の良い植え込みがあった。
通路を抜けると広々とした古風な建物が構えており、落ち着きのある玄関の灯りが二人を待っていた。

剛一が玄関を開けると、女将らしき人が出てきて
「お久し振り、キリさん」
と、愛称で呼んだ。
少し小太りの中年の女優を思わせる、太っ腹な印象を与える女将だった。
「いらっしゃいませ」
女将は由香里に丁寧なお辞儀をした。
「蒼井由香里さんだ、よろしくね」
剛一がそう言うと、分かりました、という目配せを浮かべて由香里に微笑んだ。
由香里は女将に気おされしながらも、大人風に振舞い、笑顔を返した。

「もうおいでです、こちらへ」
そう言って女将は二人を二階の個室へと案内した。
襖を開けると座敷の間だった。縁側の向こうに夜の日本庭園が広がっていた。
座卓を前に品のいい白人の中年の男と日本人の三十代くらいの美男子が座っていた。

由香里は思わず声を上げた。
「ルーカス!ジョージ・ルーカスさん!!」
「ハロー!!ユカリさん」
「それに、猛さん!!」
「お久しぶり、由香里さん」金城猛が由香里に微笑んだ。
二人とは沖縄のリゾートホテルで、夜のクルージングを楽しんだ仲だった。
そして、ルーカスと猛は沖縄でゲイの恋人同士となったのだ。

女将は剛一を上座へ、その隣へ由香里を案内した。
剛一の前にルーカスが、由香里の前に猛が座る形になった。
今夜は、ルーカスが二人を招待したための席次だった。
簡単な前菜が出て、ビールで乾杯した。
料理を揃えると女将や中居たちは席を外した。

事前に、由香里が剛一から訊かされていたのはこうだった。
ルーカスは、投資ファンドの役員を辞めた後、一度アメリカに帰国した。
ルーカスの名は業界で鳴り響いており、ルーカスの性癖がゲイであっても、なんら問題にしない企業人も多かった。
そのうちの一つの企業、テラビジネス社が、日本のITビジネス界に詳しいルーカスにオファーを掛けた。
テラビジネス社は、地球の資源探査システムを開発しており、日本の宇宙産業関連企業にコンタクトを取りたがっていた。
そこで、ルーカスは再び来日し、宇宙産業関連企業にも強いネットワークを持つ剛一にコンタクトを取った。

剛一にしてもいい機会だった。
自社のナノサット人工衛星の打ち上げプロジェクトが進行していた。
そこへテラビジネス社の地球の資源探査システムを搭載すれば、大口の投資家を呼び込むことが出来るのだ。

かつての敵同士だったルーカスに対して、剛一は喜んで協力を約束した。
ルーカスは剛一から、秘密の接待にふさわしい料亭を教えてもらい、ルーカスが逆に接待する形をとった。

「二人は愛し合ってますか?」
ルーカスがニヤリと笑って由香里に訊いた。
「とても愛しあってます」と答え、今度は由香里が訊いた。
「二人は愛し合ってますか?」
「とても愛し合っています。」
ルーカスが答えると、隣の猛がいきなりルーカスの体を抱き寄せ、接吻した。
「あら!」
由香里は猛の大胆な行動に驚きの声を上げた。

ルーカスの唇を離すと、猛は美しい瞳を由香里に向けて言った。
「今、東京で一緒に暮らしているんだ」
「そう、今度日本にコンサルタント事務所を構えますのです。彼には秘書をお願いしているます。タケシは頼もしく愛おしいいです。」
ぎこちない日本語で、ルーカスは嬉しそうに言った。
「良かった」
剛一はそう言って、ルーカスと握手した。

四人は沖縄での思い出に話しに花を咲かせた。
四人が初めて会ったリゾートホテルの、サキソフォンの響きが流れていた夕暮れ。
満天の星の下での夜のクルージング。
デッキで初めてキスをした猛とルーカス。
夜のホテルで、猛とルーカスの濃密なゲイプレイがなされた。
剛一は、ひそかに猛に依頼し、そのプレイを盗撮した。

朝、猛は部屋から突然いなくなった。
猛を求めて砂浜を彷徨ったルーカス。

「キリノ、ユーは残酷だった」
ルーカスが剛一に言った。今は笑って語るルーカス。

剛一は、朝のレストランで、盗撮したゲイの現場写真を見せた。
剛一の要望を聞き入れなければ、この写真をばらまくと脅した。

返事を渋ったルーカス。
その昼、猛に東京へ呼び出された。
恋焦がれる猛を求めて、東京へ追いかけて行ったルーカス。

その後日、ルーカスは電話で、剛一に返事した。
写真はばらまいてもよい。
私は、ゲイとして生きていくと。

そのことを思い出して、ルーカスが言った。
「私の青春がタケシとの一晩で蘇ったのです。私はゲイであることを社内や社外にカミングアウトした。そして私のアイデンティティが、私の命が蘇ったのです。」
そう言って、ルーカスは隣の猛の手を握って撫でた。
猛もそれに応えて、ルーカスの手を撫で返していた。

由香里はそんな二人を目にして、幸せな気分になっていた。
剛一が由香里の膝にそっと手を置いた。
由香里もその手に手を重ねた。

四人はその後、料亭の料理を堪能した。
剛一とルーカスは今後の行動について簡単な確認をしあった。

四人がその座敷を後にしたのは、夜十一時を回ったころだった。
剛一と由香里はタクシーで秘密のマンションへと向かった。