スコールは十分ほどで通過していった。
海上には再び広大な青空と積乱雲が広がった。
陽は西に傾き始めているが、厳しい暑さだった。
剛一と由香里は直射日光を避けて、操舵室の椅子に並んで腰かけた。
「二人とも遊びに飽きないのね」
由香里が、シュノーケルを楽しんでいる、遼介と美希の小さな影を見つめながら言った。
「美希は沖縄生まれで沖縄育ち。だから泳ぎや海遊びが大好きなんだ」剛一が言った。
「遼介さんは?」由香里が訊いた。
「彼は、元の職場で、徹底的に海の訓練を受けた。だから何時間でも海で過ごせる」
「元の職場って?」
「自衛隊だよ」
剛一は由香里の肩に手を回した。
由香里は剛一に身体を預けた。そして条件反射的に、剛一の水着の上から大人しくしている蛇に手をやった。
そして優しく上下に撫で始めた。
昼のスワッピング後から既に四時間ほど経っている。
剛一のパワーは回復していた。
由香里の手の下で蛇が鎌首をもたげ始めた。
「パパ、由香里のこと、好き?」
由香里の声が甘く濡れていた。
「大好きだよ。それに、由香里は俺の毒物だ」
「私もパパが大好きよ。」
そう言う由香里の頭を抱き寄せ、剛一が接吻した。
由香里が剛一の舌を吸った。
唇を離して由香里が言った。
幸せ・・・
幸せ、という言葉を聞いて、剛一は両手で由香里の頭を挟んで、その顔をじっと見つめた。
由香里は目を閉じていた。
海の水とスコールで顔は洗われていた。
もともと、今朝の早朝のホテルの浜辺の散歩からこの方、由香里はすっぴんだった。
剛一はすっぴんの由香里が好きだった。
ショートカットの下の理知的な額。
力を感じさせる眉。
何かの夢を見ているような閉じた瞼。
潤んだような憂いたような唇。
「由香里・・・」
剛一は由香里に呼びかけ、そして静かに言った。
俺たちは愛人契約を結んでいる。
ただ、この愛人契約は、由香里を占有することじゃない。
由香里の全生活を拘束するものではない。
俺が会いたいときに会う、優先権を約束するだけのものだ。
いいかい、これだけはしっかり聞いて欲しい。
愛人同士である限り、俺たちは、いつか、必ず分かれる日が来る。
いや、別れるべきなんだ。
だから、俺との幸せに浸っては駄目だ。
幸せを追い求めてはいけない・・・
二人の間に暫くの無言があった。
由香里は衝撃を受けていた。
「幸せを追い求めてはいけない」
という剛一の言葉が、体の中で鐘のように鳴り響いていた。
幸せを求めてはいけない。
幸せを求めてはいけない。
由香里は必死で自分に言い効かせた。
とても悲しかった。
剛一の手の中で、由香里の閉じた目の端から、涙が流れていた。