「動かないで」
由香里は身をよじる全裸の正輝に命じた。
今、正輝のアパートで由香里は正輝の裸体をスケッチブックに模写していた。
パパが取り返してくれたスケッチブックだった。
葉山正輝、二十四歳。
由香里と同じ年である。
狭いリビングには窓からの夏の光が注ぎ、正輝の裸体の陰影を浮き上がらせていた。
ぼさぼさの頭。
ひ弱な胸板。
細い胴。
細い腕と足。
由香里の視線に恥じらっているような若い蛇。
それを見て由香里は
「キャハ」
と小さな声を上げて笑った。
正輝は由香里の大学の同僚であり恋人だった。
「絵では食っていけない」
そう言って、正輝は美大卒業後さっさと畑違いの会社に就職した。
IT企業の営業部門だった。
画家への道を諦めた正輝にとって、未だその道を歩んでいる由香里は尊敬の対象でもあった。
一週間あるいは二週間に一度の割合で正輝のアパートで会っていた。
決して多い回数ではなかった。
軽い食事をしたり、近所のスーパーで買い物をしたり、そして今日のように絵のレッスンをしたり、極めて日常的な穏やかな逢引だった。
しかし、由香里は一度も自分のアパートに正輝を招いたことは無かった。
由香里にとって自分の部屋は工房であり、アトリエであり、精神を集中させる空間であり、繊細な美の女神を招き寄せるスピリチュアルな空間であった。
そこへ現実の破片を持ち込むことは、その空間を破壊することだった。
だから正輝は、由香里がどこに住んでいるかは知らなかった。
「由香里に見られていると勃起しちゃうよ」
確かに、正輝の蛇は起き始めていて、身を捻じり、鎌首を恐る恐るもたげて、周りの様子を覗っていた。
「駄目よ、しっかりポーズを取ってて」
由香里が弟を諭すように言った。
「ちんちんが恥ずかしいよ」
「じや、私も脱ぐわ、それでフェアーね、勃起してもいいいのよ」
「ちょっと違う思うけど」
「理屈はいいの」
そう言って由香里はジーンズとタンクトップそして、パンティーとブラジャーも脱ぎ捨てた。
狭い部屋には八月の強い日差しが溢れていた。クーラーがどこかで必死で唸っていた。
由香里の躰は均整がとれていた。
伸びやかな肢体。
手のひらサイズの乳房。
引き締まった腰。
引き締まった太腿。
太腿の間に切れ込んだ花唇。
剃毛で露わになった花唇。
その上に覗いている肉芽。
そして、夏の日差しに輝く張り詰めた全身の肌。
全裸の由香里を見て正輝が驚いて言った。
「お前、パイパンじゃん」
「この前、剃ったの」
由香里はあっけらかんとしていった。
「どうして」正輝が問い詰めた。
「あなたが喜ぶと思って」
由香里はしたたかに嘘をついた。