藤枝が、ペニスを失ってから密約を結ぶまでの経緯を思い出していが、私はそれを振り払った。
光を透すほどの薄い春布団の中で、私は藤枝に身体を絡ませていた。
ペニスの無い全身ケロイドの藤枝は、舌と指で私を深く執拗に愛撫した。
唇から乳房、恥丘から花唇、肉の芽、そして、裏返されてアナルまで、私は隅々まで愛撫された。
私も、唇や舌、指、乳房、太腿等、体の全てを使って、彼のおぞましい身体を愛撫した。
二人の行為は、性器結合かそれ以上の快楽に満ちたものだった。
私は何度もオーガズムの嵐に襲われ、その度に、悦楽の声を必死で押し殺した。
いつの間にか意識が途絶えていた。
目が覚めると、布団の中で、私一人だった。
部屋から見える庭には、木々や牡丹の花の上に、夕闇が降り始めていた。
藤枝の影も形も、声のかけらもなかった。
私は全裸で、孤独だった。
藤枝との密会の後はいつも孤独だった。
薄明かりの中で、服を着、髪を整え、そそくさと化粧を直した。
そして、布団の間を出て、隣の会食の間で呼び鈴を押した。
やがて昼間の女将が出て来た。
「お帰りですか?」
「はい」
私は顔を伏せながら、短く答えた。
「では、こちらへどうぞ」
そう言って、女将は先頭に立って私を案内した。
女将は、来たと時とは別の廊下を、どこへともなく先導した。
幾つか角を曲がり、庭をの飛び石を辿り、庭をめぐり、やがて小さなくぐり戸へと案内された。
「お気をつけて」
女将は、昼間見せたと同じ、妖艶な笑みを浮かべた。
そこは料亭の屋敷の外れだった。
細い路地が続き、やがて大きな通りへ出た。
私の知っている、いつもの都会が広がっていた。
藤枝専務と私の関係は、完璧な秘密で無ければならなかった。
だから、会う時も別々に来て、別れる時も、別々に部屋を出るのだった。
逢引きの悦楽が激しかった分、別れた時は深い孤独と虚しさが襲って来るのだった。
夕暮れの都会の光の下を、私はうつむいて歩いた。
周りには、車の音や、繁華街の騒音が満ちていた。
会いたい
誰に?
私は心の中で呟いていた。
あの優しい夫か?
夫の優しさで慰められたいのか?
違う。
葉月か?
あの美しい顔と、美しい身体の男に抱かれたいのか?
違う。
男ではない。
男の荒々しい性ではない。
美帆だ。
私は突然、美帆の存在に思い当たった。
美しい、凛とした、自立した女の声と体だ。
美帆!
私はスマホを取り出して美帆に電話をした。
しかし、呼び出し音が鳴るばかりだった。
わたしは、軽い失望感に襲われながら、駅へと向かった。
行く当てがなかった。
人でごった返す駅前で、途方に暮れて、夕闇の都会の空を見上げた。
快楽の去った後は、なぜこんなにも孤独なのだろうかと思った。
快楽の恍惚の時間、輝く時間、発熱した時間は、一瞬にして弾け、後には永遠という底なしの闇が広がっていた。
涙が出そうになった。その時、スマホが鳴った。
美帆だった。
電話くれたのね
会いたいわ、由希
会いたいわ、と先に言ったのは美帆の方だった。嬉しかった。
すぐ会いたい、美帆!
私は電話で泣くように言った。
私は歓喜していた。