スワッピング・悦楽の四重奏

四重奏42 ボクサー犬との、出世と愛欲の暗い密約。r

2021/04/26

藤枝は、ワーワー泣いた日を境にして、生まれ変わったようだった。
数日後、彼は私をそのぎょろ目で、じっと見つめて言った。
眼の中には深い深い闇が覗いていた。

「由希、俺の同志になって欲しい」
「同志? 」
「そうだ。いつまでも泣いていても仕方が無い。俺は、俺の人生をこの手で切り開く。そのための同志になって欲しい」
「どうされるんですか?」
「俺は、今の会社の社長の座を狙う。そのために、力を貸して欲しい」
「単なるアシスタントの私に何ができるんです? 」

藤枝は、私の頬を両手で挟んで、私の目を覗き込んだ。
そして、次のようなことを語った。

俺は、今までにない大型クライアントを狙う。世界の自動車メーカーや高級ブランド化粧品メーカーをを片っ端から狙う。
最初は小さな仕事をもらう。
やがては、世界戦略にまつわる大きな仕事を獲得する。

由希と俺で、競合の広告代理店の幾重もの壁を突破する。
そして、一つ一つ、実績をあげていく。、それも早急に積み上げる。
その実績を背景に、俺は出世の階段を駆け登っていく。

その戦いの一つ一つに、由希、君は制作ディレクターとして参画する。
部長権限で、君をその都度、テーマごとに制作ディレクターとして任命する。
藤枝は、その目覚ましい実績のため、既に一年近く入院していても、待遇は部長職のままだった。

俺たちは、コンペを勝ち取るたびに、社内では俺と君への信頼と期待が高まっていくだろう。
社長の座に辿り着くまでの途中段階で、私は専務になり、君は部長となる。
最終的には、俺は社長になり、君は、専務になる。

そのために、一つ大きな仕掛けを作る必要がある。
「仕掛け? 」私は訊いた。
「そう、出世のためには金が要る」

社内で有力な発言力を持つスタッフや部長クラス、局長クラス、ひいては役員クラスの人物を密かに飼いならす。
飼いならすためには金が必要だ。

藤枝の集金システムはシンプルだった。
俺はある人物とコンサルティング契約を交わす。
その人物は世界的大企業に隠然とした影響力を持っている。彼の力を駆使して、コンペを勝ち取り、広告関連の仕事を獲得する。獲得した後、彼にコンサルティング料を支払う。

彼は、その内の二十パーセント程度の手数料を差し引き、残り八十パーセントを、俺の指定する、海外のペーパーカンパニーに振り込む。
そのカンパニーは、タックスヘイブンで知られるカリブ海のケイマン諸島に登記されている。
そうやって、俺は出世への工作資金をため込む。

そのコンサル契約を結ぶ人物は、雁屋遼介という。
雁屋は異業種交流会、日本如月にほんきさらぎ会に属し、事務局の企画担当部長を務めている。形だけの理事長に代わって、実質的に組織を統括している。

日本如月会、通称如月会は、各省庁や大学、企業等との繋がりが深い。
傘下には、国際情勢研究会や、軍事科学研究会など、幾つもの研究会や交流会、団体が組織されている。
事務局はそのセンター的機能を担い、人と情報と金の巨大な流れの結節点になっている。
雁屋は、要所要所でその人脈と政治力を発揮し、俺たちの、今後の幾つものコンペに対して、勝利へ繋がる道筋を付けてくれる。

「藤枝さん、人が変わったみたい」私は言った。
「そうだね、きっと変わったんだ。俺の輝かしい黄金の日々は終わった。もう美しくはない。これからは、醜い姿の自分の運命を、力づくで切り開いていく。鉄の時代が始まる。実利のみを追求する日々が始まる。」
「そんな藤枝さんって、怖いわ」
「由希は、化け物のような俺を受け入れてくれている」

私は暫く沈黙していた。
藤枝は私をどこへ連れて行こうとしているのか、それを考えていた。

由希

彼は私の名を呼び、そして言った。
君には素質がある。高みを目指す素質がある。
単なる、スカートをはいただけの女で終わるな。
もっと広い、もっと深い、そしてもっと感動的な世界を目指せ。

これから登る聳えたつ山の頂上には、下からは決して見えない、雲海を突き抜けた壮大な空の広がりと、遠くに見える雄大な峰々が見えるはずだ。
君にはできる。
高みを上り詰めることが出来る。そして、君の背後には、必ず俺がいる。

「分かりました」
私はそう言って、彼の唇に唇を重ねた。

こうして、私は藤枝と密約を交わし、今、私は部長職となり、藤枝は専務に就いている。
藤枝とは、一、二カ月に一回程度、密かに体を交えている。
それ以外は極めてストイックに、専務と平の部長という役割に徹している。
社内で、私と藤枝の中を勘繰るものは一人としていない。

知的でナイスバディーの若い女部長という私。
そして私には、深見という立派な夫がいる。
そんな私と、ボクサー犬の貌をした、醜くて実利一点張りの、冷酷な専務を結びつけて考える者は誰もいない。
私と藤枝は、完璧に密やかに、二人の計画を推進していた。