由香里は不安な夢から目覚めた。
夢の中身は全く覚えていなかった。
不安という感情の記憶だけが残っていた。
寝室だった。
真っ暗だった。
当たりを見回しても誰もいなかった。
パパ
由香里は思わず声を出した。
答えはなかった。
パパに置いて行かれたのではないか?
不安というよりも恐怖心が湧き上がった。
寝室を出た。
由香里のガウンは何処に行ったのか、全裸だった。
隣のリビングを覗いた。
小さな照明がついており、薄明りの中で、ソファーやテーブルがほのかに姿を現した。
テーブルの上には、昨夜の料理の残りや器が散乱していた。
パパ
ともう一度呼んだ。
ウーン
という小さな声が聞こえた。
声の方向を確かめると、床の絨毯の上で、乱れたガウンを纏ったパパが転がっていた。
鼾をかいていた。
由香里はほっとした。
パパは一人では出て行かなかったのだ。
パパは運ぶには重すぎた。
ガウンの乱れを治してやり、寝室から軽い毛布を持って来て被せ、枕を当てがった。
パパを起こさないようにしながら、由香里はテーブルの上の散乱した食器や食材を静かに隣のキッチンに運んだ。
そして、リビングのテーブルに雑巾を当てた。
その後、由香里はシャワーを浴びた。
アルコールのせいで少し頭痛がしていたが暖かいシャワーを浴びるとすっきりした。
昨夜の痴態の名残りが洗い流されて、身体が清められて行く感じがした。
寝室に戻り、化粧台に向かって、簡単にメイクした。
そそくさと下着や服を身に着け、バッグの中身や、小物類を確かめて玄関に向かった。
リビングをよぎる時、由香里は剛一パパに軽く接吻した。
そして、手帳から切り取った紙切れに走り書きして、テーブルの上に置いた。
大好きなパパ。
大きな愛をありがとうございました。
今後の活躍を遠くから祈ってます。
さよなら。
音を殺して靴を履いた。
ドアを開けて外へ出て、後ろ手にゆっくりとドアを閉めた。
リビングの床で、剛一は目を開いていた。
そして、由香里が遠ざかって行く靴音を聴いていた。
マンションを出ると背後でエントランスの大きな自動扉が閉じた。
パパとの日々が終わった。
由香里はそう思った。
涙が勝手にこぼれて来た。
遠くで電車が走る音がしていた。