愛人契約

愛人契約28.素敵なパパが待つ沖縄へr

2021/04/26

「海を見に行こう。すぐ来れるかい。」

剛一パパから電話があった。由香里がデザイン事務所へ電話入れようと思っていた時だった。
今日の午後、新しい企画の打ち合わせがある予定だった。
時計を見ると午前十時前。
「でも午後に、以前からの予定が入っているの」
「約束だろう。私の呼び出しを最優先するという」
「分かっているけど・・」
「じゃあ来なさい」
それは剛一の初めてとも言える命令口調だった。

「え、那覇空港?」
パパが待ち合わせを指定してきたのは遥な沖縄だった。
午後3時頃がいいとも言った。
「そうだよ。急に時間が出来たんだ。どうしても由香里と海が見たくなったんだ」
「でも用意が・・」
「沖縄だよ、外国に行くわけじゃない。」
今日のパパはすこし強引だった。
声もこわばっていた。
何かあったのかしら。
由香里は頭の中でぶつぶつ呟きながら、急いで服を着た。

ネットで調べると12時から13時頃のJALが可能だった。
ここからだと、空港までほぼ1時間半はかかる。
少し急ぐ必要があった。

夏にふさわしい水色のスカートに、からし色のブラウスにした。
小ぶりのキャリーバックには、化粧品のポーチや小物、ジーンズやスケッチブックを放り込んだ。

浜松町でモノレールを待っている時、デザイン事務所へ電話を入れた。
相手はあの、少しアンニュイな奈雰囲気をもったアートディレクターである。
由香里は突然の時間変更に、平謝りせざるを得なかった。
ディレクターの声は冷たかった。
「分かりました。今回は別の人に頼むよ。だけどドタキャンなんてあなたの信用はがた落ちだよ」
それは半ば、今後の仕事の依頼は無いかもしれない、という警告とも取れた。

「チクショウ」
由香里は無性に腹が立った。
それはディレクターではなく、自分自身への怒りだった。
小さなデザイン事務所の小さな仕事に頼らざるを得ない、今の自分への怒りだった。
「画家になってやる。一流の画家に!!」
由香里は自分に言い聞かせた。

羽田に着くと剛一に電話を入れ、到着予定時間を告げた。
「嬉しい。由香里本当にうれしい。私のわがままを訊いてくれて」
由香里は、大げさだなと思って苦笑した。