レクサスはタイヤを失ったためのリム走行で、時速五十キロ程度で林道を走り続けた。
通常、平均速度百キロ程度で走っている俺たちからすれば、のろのろ運転に近かった。それに何よりも目的地まで、リムが持つかどうかが心配だった。
未舗装の林道で、リムが小石や砂利を踏む潰すたびに、車は不規則なな振動に震え、リムの合金が摩耗して悲鳴を上げるているように聞こえた。
林道を抜け、俺たちはようやく竜神スカイラインの先端に続く国道三七一号線に出た。
道幅が少し広くなり、道路の舗装部分も多くなった。そのため少しはスピードを上げることが出来た。
「とにかく道なりに、ひたすら走ること。あと四十分もすれば田辺市に出るわ」ナビを見ながら蘭が言った。
ブルドッグの運転は大したものだった。スピードを出せる所では思い切りスピードを上げ、村や集落など、慎重さを求められる所では慎重に走った。そうしながらも、平均時速七十キロ程度を維持した。そのスピードで行くと目的とする田辺市には十四時頃には着く予定だった。俺たちはひたすら雨の中の国道を走り続けた。
三十分程走ると少し大きな街並みが見えてきた。
「どこかでガソリンを入れよう」ブルドッグが言った。
「お腹も減ったわ」ら助手席の蘭が言った。
「私も」凜も言った。
「どこかでサンドイッチでも買おう」俺が言った。
やがて、小型のガソリンスタンドが見えてきた。幸いにも、コンビニも併設している様だった。
「ガソリンを入れるぞ」
ブルドッグがジープの緑川に無線を入れた。
ブルドッグが給油スタンドにレクサスを乗り付けた。
レクサスの哀れな姿を見て、係員が目を剥いた。
「凄いね、どうしたの」
破損したバンパーと剥き出しのリムに軽く触れて言った。
「ちょっと、山道で事故ったんですわ」ブルドッグが嬉しそうに言った。
そこへジープも追いついて来た。
「この二台、満タンにして暮れる?」俺が注文した。
「何か食べたい!」彩夏が言った。
「私も」蘭と凜が言った。
俺たちは六人連れだって、小走りで雨を避けながら、賑やかにコンビニに入った。
女達は楽し気に、サンドウィッチやおにぎり、飲み物を買い回った。
俺とブルドッグは取り合えずトイレで小用を足した。
トイレから出ると、コンビニの窓際に設えられた小さなテーブルを囲んで女達が食べ物を広げていた。
ブルドッグは蘭の横に座った。自然に、俺は凜の横に、緑川は彩夏の横に腰を下ろした。
「いよいよ田辺だな」俺が言った。
「松岡さん、感謝してるわ」蘭が情熱的な視線を送って言った。
「私もよ」凜が微笑んで言った。
「蘭ちゃんともお別れか?」
ブルドッグが蘭の肩に手を回っして言った。
「彩夏、カービン銃姿恰好よかったで」緑川が言った。
端から見ると、俺たちは、和気あいあいと談笑する仲の良い仕事の同僚ぐらいに見えただろう。
「ちょっと忘れ物」蘭が言った。
「何?」凜が訊いた。
「お化粧入れのポーチ取って来るわ」蘭が言った。
「蘭は、お化粧崩れを絶対放っておかないね」
凜が言った。
「女の身だしなみよ」
「私も見習おう」彩夏が感心したように言った。
蘭はコンビニを出て、給油中のレクサスに向かった。レクサスの助手席のドアに手を掛けた時だった。
一台のスポーツタイプの赤いセダンがレクサスの横に走り寄った。
セダンの後座席から二人のジーンズ姿の男が飛び出して来て、いきなり蘭に襲い掛かった。一人が蘭の口をハンカチのようなもので塞いだ。蘭の体から力が急激に抜ける様だった。もう一人が蘭の横に回り込み、二人でよろめく蘭の脇腹を抱え、暴れる暇も与えず、その体を車の中に押し込んだ。
「蘭ちゃん!!」
と、彩夏が大声を上げた。
その声につられて俺たちはコンビニの外に目をやった。
俺たちが目撃したのは、蘭が車に押し込められ、ドアが閉められた瞬間だった。
「蘭!!」
ブルドッグが凄まじい速さで店を飛び出した。俺と緑川も続いて飛び出した。
ブルドッグと緑川のスピードはラグビー選手のように速く力強かった。
俺の脚が絡まった。
俺は次の瞬間、コンクリートの上に転倒し強かに膝がしらを打っていた。
荒らしくドアを閉めた赤いセダンが急発進した。激しくタイヤが軋む甲高い音が響いた。