愛人もどき。危険な女二人。

愛人もどき57 雨のハイウエイ。俺たちの快楽をドローンが無粋に邪魔をする

三十分程経ったころ雨脚が少し衰えた。衰えたと言ってもそれなりの激しい雨だった。
ブルドッグがアクセルを踏んだ。レクサスが重厚に走り出した。ジープが追尾した。
竜神スカイラインの先は雨の中に溶け込み、その先に山並みの黒い影が聳えていた。

ブルドッグはその黒い山影の中心部へ向かって車を走らせた。
やがて道路はワインディングロードとなって左右にくねった。カーブする局面局面で、ブルドッグはシフトダウン、シフトアップ、スローイン、スローアウトを繰り返し、一定の速度を保った。
タクシードライバーの俺から見ても、ブルドッグの運転技術は大したものだった。

セックスの余韻も鎮まり、凜と俺は雨空を監視し続けた。
「蘭ちゃん、南南西の上を見て!」凜が強く言った。
「奴らよ、ドローンよ」蘭が言った。
車の進行方向の斜め右方の暗い上空に、黒い点が一つ浮かんでいた。
「出たか」
ブルドッグが言った。
「スピード上げまっせ」
そう言ってブルドッグはアクセルを踏み込んだ。

「とりあえず、突っ切るの!」蘭が言った。
そして口早に説明した。
ヘリコプター方式いわゆるマルチローター方式のドローンは、軍事用等の余程の高機能な設計でない限り、時速は最大せいぜい八十キロ程度だ。
今、レクサスが時速百三十キロで疾走しているとして、接近速度は二百十キロとなる。ドローンと遭遇したとして、ドローンが方向転換をしている間に、レクサスははるか彼方にあって、後はずんずん遠ざかる一方だ。
「蘭ちゃん、頼もしい」
ブルドッグが嬉しそうに蘭を持ち上げた。

予想通り、ドローンと俺たちの距離は猛スピードで縮まった。同時にドローンは高度も下げてきた。
斜め前方上空に、銀色の雨の空を背景にドローンの姿がはっきりと見えて来た。多数の突起が出ており、その先でローターが回転している。全体の色は迷彩色で空と見分けがつきにくい。
「凜、ドローンの下を見て!」蘭が言った。
「自動小銃が付いてる!!」
凜がそう答えた時、レクサスの前方で、幾つもの銃弾が路面を打って水飛沫を上げた。
「危ない」
俺は思わず叫んだ。
レクサスは急ブレーキを踏む間もなく、その銃弾の連射の中に突っ込んでいった。
「やられる!!」
俺が叫んだ瞬間、ドローンは俺たちの上に飛来し通過し、連射の音はせず、そして後方へと去った。タイミングが合わなかったのだろう、レクサスへの銃撃は無かった。
振り向くと、ドローンは、後続の緑川のジープの先で上昇し、高度を上げ、方向を変えて態勢を立て直そうとしているところだった。
「とにかく逃げ切るぞ」
ブルドッグが叫んだ。

ブルドッグは竜神スカイラインを南へ疾走した。
ひたすら南へ!
それが俺たちのテーマだった。竜神スカイラインで山脈を突き抜け、紀伊半島の海岸線にある田辺市の小さな漁港の沖で潜水艦が待っているのだ。
竜神スカイラインは山並みの上へ上へとくねりながら続いていた。
右側に紀伊山脈の稜線が見え、ハイウエイの右下には急な斜面が谷底へと続いていた。

「もうすぐで峠の茶屋が見えてくるはず。そこの空き地でドローンをおびき寄せるのはどう?」
蘭が言った。
「蘭ちゃん、戦闘作戦も立てれるのか?」ブルドッグが訊いた。
「私も凜も、一小隊ぐらいは指揮できるわ」
「凄い」
俺は素直に感動した。

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