午前十時頃チャイムが鳴った。藤さんが出た。
「阿闍梨、緑川はんと彩夏さんです。車を持って来はりました。」藤さんが言った。
俺たちは皆で、玄関の側の車寄せに出た。
黒塗りのレクサスが夏の光を受けてアイドリングしていた。
重厚でシック。しかし、そのアイドリングの響きはとてつもないパワーを秘めているように感じられた。
運転席から頭が緑の緑川が、そして助手席からは撮影助手の彩夏が下りてきた。
緑川は冴えないジャージ姿。
一方の彩夏はショートパンツ姿で伸びやかな太腿が朝日に輝いて眩しかった。
昨夜は暗く、騒然としていたためよく見えていなかったが、ポニーテールの行動的な印象を与えるキュートな若い女だった。
年のころは、凜より少し年下、二十歳前後だろう。
「おはようございます。社長。何とかこの車を用意出来ました。」
緑川が言った。
その車はアーマード・レクサス・ビッグと呼ばれる防弾車だった。
後で知ったのだが、その特徴は、全ての窓は最新式のポリカーボネート球面タイプの防弾ガラス製。
さらに超軽量装甲板をドアやボディの内部に取り付けてある。
外観からは防弾車であることがまったく悟られない、ゴージャスでビッグな乗用車タイプである。
後座席はちょっとした会議が開けるけるほど広かった。
「そして、これ」
彩夏が二つの小さなショルダーバッグをブルドッグに渡した。
その一つを開けると、中から黒光りがする拳銃と予備の十数本の弾倉が現れた。
「トカレフか」ブルドッグが言った。
「そうです。密海寺の庫裡にあったもので、二丁用意しました。」緑川が答えた。
「レクサス・ビッグは何処で手に入れたの?」
俺が訊くとブルドッグが制した。
「野暮な事訊きなさんな」
こいつら何者だ?
蘭や凜の正体がハニートラッパーだと分かったが、今度はブルドッグたちの新たな謎の出現だった。
「よっしゃ、急いで支度しまひょ」
「何の支度?」
「まずは高野山へ行きます」
「高野山?」凜が訊いた。
「高野山の或るお寺で一晩過ごしてもらいます。安全なお寺です」
蘭がブルドッグを不安げな視線を投げた。
「都会や街中と違ごうて、高野山やと、敵が来たらすぐわかります。住民や寺の坊さんらの目が光ってますから。あんたらにAV出演してもろたお礼ですわ。」
ブルドッグは一息おいて蘭を見詰めて言った。
「それに蘭ちゃんを抱かせてもろた。そのお礼も兼ねてます」
「社長!エッチしたんですか?」
彩夏が怒ったように言った。
「エッチやない、愛し合ったんや」
緑川がニヤニヤして蘭と凜を視線で舐めていた。
俺たちは急いで支度をした。
蘭と凜はマイクロビキニの下着の上にそれぞれ、軽やかなピンクとブルーの品いいブラウス。
そして柔らかくはためく辛子色とベージュの裾広がりのパンツ姿だった。
ブルドッグの亡くなった奥さんはセンスの良い女性だったようだ。
俺は相変わらずよれよれのタクシードライバースーツのズボンと、ブルドッグに借りた白いだぶだぶのワイシャツ姿だった。
レクサスには、蘭と凜と俺とブルドッグが乗る。
後からは、緑川と彩夏がランドクルーザーで付いて来る事にした。
俺たちを高野山で下ろした後、ブルドッグを乗せて帰るためである。
俺たちが車を発進させると、後ろで藤さんが腰を折って見送った。