ブルドッグが雁屋に駆け寄って言った。
「雁屋さん!何故ここに?」
「犬阿闍梨、久しぶりです。あの椎名に、極秘裏のテストの協力をどうしてもと、頼まれてね」
俺はこの人がカリヤかと思い、感心して見詰めた。
俺たちに、桐野を通じてブルドッグを引き合わせた人物、装甲車レクサスを用意した人物、それと、空砲のM4カービンを提供した人物だ。犬阿闍梨の密海寺の信徒であり、支援者でもある。
「テストと聞いていたからM4カービンには空砲を仕込んでおいた。テスト期間中に殺傷事件をを引き起こさないためにね。」
雁屋が言った。
「そうだったのか」
ブルドッグが妙に納得した。
椎名が言った。
「ところで、テストの結果、蘭は失格。凜は予定通り、潜水艦でフランスへ行ってもらう。」
蘭が驚いて言った。
「なぜ?なぜ私は不合格なんですか?」
椎名が答えた。
「いいか、蘭、君は最後に、そこの犬阿闍梨さんを助けようとして、体でかばった。そして撃たれた。ハニートラッパーは冷静さを失ってはならない。そして、任務を忘れて、命を失うことは最大の不始末で、致命的だ。」
「ではどうすれば良かったのですか?」
「それを考えて貰うのが、失格と言う判定だ」
合羽を着た雁屋以外は全員雨に打たれてびしょ濡れだった。
特に凜は、先ほど路面上を転げまわったため、泥だらけでもあった。ブラウスもパンツもずぶ濡れで下着の形と色がくっきりと浮かんでいた。艶めかしかった。
「時間だ。凜さんはこの漁船に乗ってください。中で着替えと食事を用意してあります。沖の潜水艦まで送ります。」雁屋が言った。
「ハイ」凜は何かを吹っ切ったかのように、毅然とした声で答えた。
「松岡さん、ごめんなさい、最後にスマホ貸して」凜が言った。
俺がスマホを渡すと、凜は桐野につないだ。桐野が出た。
「桐野さん、今、漁港は雨の中です。ここからは見えませんけど、沖には潜水艦が来ているはずです」
「よかった、蘭ちゃんも無事だったんだね。怪我はなかったかい」
「松岡さんが転んで膝を擦り剥きました」
「ハハハ。それは大変だ。」桐野が愉快そうに言った。
「ところで、桐野さんもこれがテストだって知ってたんですか?」
「申し訳ない、知ってました。」
「だから、事前に敵が襲う情報を送ってたんですね。逆に、敵は私たちの目的地を最初から知っていたんですね。」
「そうです。そこの雁屋君や、椎名君は私の親友です」
「分かりました。私はフランスへ行くことになりました。」
「よかった。凜ちゃんの活躍を祈ります。もしかしたら、フランスでお会いできるかもしれない」
「その時は、よろしく」
「あと、松岡さんに代わってください。」桐野が言った。
「松岡さん、三日間ありがとうございました。お約束の残り五百万円はすぐにお振込みします。」
「ありがとう。桐野さん。俺には怖かったぜ。何回死ぬかと思った。」俺は言いながら楽しさを感じていた。
「でも大丈夫だったでしょう」
「いい体験だった。凜や蘭の人生は凄いと思った。それに比べると俺の人生なんか、うじうじしていて、詰まらんものだよ。」
「違うよ、松岡さん、人には人のそれぞれのドラマがある」
「ありがとうよ。俺は日本に残りますが、これでお別れですね。」松岡が言った。
「もし、何か助けが必要になたら、連絡ください。何か役に立つと思います。凜が三十二桁の私の電話の暗号を知っている。忘れたら、二度と連絡できなくななりますがね」
俺は礼を言って電話を切った。
雨の中で凜は、蘭やブルドッグ、緑川、彩夏達を次々にハグした。
俺にハグした時、凜が密かに言った。
「あなたとのセックス、良かったわ。あなたが好きになりました。でもこれでお別れです。さよなら」
俺は思わず我慢が出来ず、凜を抱き寄せ、接吻した。
パチパチと周りから拍手が湧いた。
何だ、これ、まるでアメリカ映画のエンディングじゃないか、俺は内心呟いた。
古びた漁船はのどかなエンジン音を立てて、小さな漁港を離れ、沖の潜水艦を目指して、やがて雨の中に消えて行った。
「愛人もどき」終わり