変な音楽が鳴っていた。
脳髄の奥だった。闇と光と、様々なイメージのかけらが入り乱れた空間だった。
俺は呼吸困難を起こした魚のようにその空間の外へ出ようともがいた。
スマホの着信音だった。放り投げてあるズボンの中で鳴っていた。気が付くと、そこは昨夜、緑川が案内してくれた居室だった。スマホを取り上げて電話に出ると、あの桐野の声だった。
「松岡さん。桐野です。今日、十五時、和歌山の田辺市、小湊漁港に行ってください。そこで小さな漁船が蘭と凜を待っています。沖に待機している潜水艦まで、二人を乗せていきます。時間厳守です。くれぐれも遅れないように。」
「えらく急な時間指定じゃないか?」
「先日、三日後と言いました。時間と場所はその時は未定だったのです。急いでください。」
俺は下着だけは着けていた。破邪食の後は何も覚えていなかった。爆睡していたらしい。
廊下へ出て、大声で緑川の名を呼んだ。
「おーい、緑川、おーい、誰かいませんか?」
暫くするとドタドタと足音がして、緑川が現れた。
「ちょうど良かった。松岡はんすぐ出発や。」
「ん・・・」
「この寺の上を、山の上をドローンが一機飛び回っているんや。奴らのや」
「もうみんな出発の用意してます。はよ服着てください」
おれは未だ事情が呑み込めずにいたが、とにかく急いで服を着た。
タクシー運転手の制服のズボンの中の財布やスマホの忘れはないか、十分に注意を払った。
スマホで時間を確認すると午前九時になろとしていた。
体の中には熟睡した充実感が漲っていた。
「ほな行きまひょ」
そう言って緑川は俺を先導した。俺は緑川に従って寺の中を足早であちこち巡った。
辿り着いたのは寺から少し離れた林の中の小屋の前だった。
林は小雨に濡れ、夏特有の光を受けてプラチナ色に包まれていた。
くすんだ雨の中にアーマードレクサスと中古のジープがあった。
小屋の軒下で、凜と蘭と彩夏とブルドッグがすでに出発の用意をして俺を待っていた。
蘭と凜はそれぞれ、軽やかなピンクとブルーの品いいブラウス。そして柔らかくはためく辛子色とベージュの裾広がりのパンツ姿だった。
二人とも肩から斜め掛けにして、小さなショルダーバッグを下げており、中には拳銃トカレフと予備の弾倉を納めていた。
彩夏はポニーテールで、ショートパンツ姿。伸びやかな太腿が曙に輝いて既に眩しかった。
昨夜愛して貪った輝く脚だった。
少し離れた所に作務衣姿の藤さんが立っていた。
五人が親し気に俺に手を振った。
昨夜の破邪食の宴のせいか、俺は彼らに限りない親しみ、いやファミリーなものを感じた。
「彩夏ちゃんが朝の掃除の時に飛んでるドローンを見つけたの。今は見えないけど、また飛んでくるわ。すぐここを離れなくちゃ」
凜が厳しい視線で俺を見つめて言った。
「分かった」俺がそう言って続けた。
「ちょうど今、桐野から電話があった。十五時、和歌山田辺市の漁港に必着。蘭と凜は待機している漁船に乗って沖の潜水艦に乗り込むように、と」
「十五時?」蘭が言った。
「少し早いわね」凜が言った。
「今から約六時間後や、十分や」ブルドッグが言った。
そして続けて言った。
「今度は俺が運転しますわ。この辺りは庭のようなもんやさかい。」
そう言ってブルドッグはレクサスの運転席に乗り込んだ。
助手席には蘭が乗った。蘭は今やブルドッグの愛人の雰囲気を醸し出していた。
俺は凜と後ろ座席に乗り込んだ。
緑川と彩夏は迷彩色のラングラータイプのジープに乗り込んだ。
ブルドッグが林の中に静かに車を進めた。緑川と彩夏が乗ったジープがついて来た。
今度は無線機が用意されていて、ブルドッグと緑川がそれぞれ携帯した。
薄暗い山の上には雲が流れ強い雨が予想された。