愛人もどき。危険な女二人。

愛人もどき63 銃弾の中、敵を蹴散らし、装甲レクサスで川を渡る。

六十秒は無線のやり取りしている間にたちまちに経過した。
ダダダダダと前方の男がM4カービン銃を撃ってきた。
ブルドッグはアクセルを大きく踏み込み、レクサスを急加速した。フロントガラスに銃弾が跳ねた。しかし、ひび一つ入らなかった。
前方のバリケードと男たち、そして白いワゴン車が急速に迫って来た。後ろから、十メートル程度の距離を空けて、ぴったりとジープについて来た。

「どけどけどけ!!」
ブルドッグは怒鳴りながらハンドルを握っていた。
カービンの掃射が激しくなった。彼らは強固なフロントガラスではなく、集中攻撃の狙いをタイヤに定めたようだった。フロントガラスではなく、下方で銃弾が爆ぜる音が響いた。
「頭を低くして突破!!」ブルドッグが無線機で怒鳴った。
助手席の蘭も、後座席の凜と俺も、頭を低くした。おそらく後続の緑川と彩夏もそうしていただろう。

レクサスのすぐ前方で男たちが飛び去って退いた。続いて、バリケードの鉄条網と土台がフロントガラスに突っ込んで来て音を立て、後方に去り、ジープの屋根を掠めて飛んで行った。
次の瞬間、レクサスがワゴン車の腹に激突する轟音と衝撃が走った。フロントガラスの目の前で、ワゴン車の胴体が大きく凹み、歪み、一部がはがれて破けて、突き飛ばされた。
その時一瞬、ワゴン車の後座席にいた男を俺は見た。一瞬視線が合ったかもしれない。
長髪で、気品があり、学者風の、毅然とした顔つきだが、眼がレクサスの破壊力に驚愕していた。百分の一秒後に、その人影は視界から消えた。

ブルドッグはアクセルを緩めず、灌木が覆う土手を下った。
レクサスはひどい振動と揺れに見舞われた。蘭は助手席で必死にシートベルトと窓枠にしがみつき、凜が前の座席の背に衝撃的にのめり込み、俺は床にひっくり返った。車体は何回も大きくバウンドし、俺たちは車内でサッカーボールのように跳ね回った。
バウンドが終わると、今度は窓の外に川の水が押し寄せた。雨で嵩の増した水が窓の半分まで競りあがって来た。
「レクサスを信じるのよ!!」凜が叫んだ。
「信じるしかない!!」ブルドッグがアクセルを踏み続けながら答えた。
レクサスは大した作りだった。
排気マフラーが水に沈んでも、エンジンと走行には影響はなかった。

しかし、川中で、突然、車体が左右に不規則に揺れ始めた。
「どうした」俺が叫んだ。
「分からん」ブルドッグが怒鳴った。
「リムで走っている!!」俺が叫ぶように言った。
左のフロントタイヤがさっきの銃撃で破壊され、川床の石の軋轢で吹き飛んだ、と俺は推測した。タイヤを失い、剥き出しになったリムで走る時の、独特のガクンガクンという衝撃だ。俺がかつてタクシーの運転中に体験した走りだった。

後を振り向くと、ジープは車高が高いため、左右に揺れながらも平然とついて来ていた。その後ろから男たちがカービン銃で射撃していたが、弾丸は左右に逸れて川の水の表面を弾くだけだった。
「下手な射撃だな」
俺が笑って言うと
「おかしいわ、何か、少し変よ」
凜が考えを巡らしながら言った。

やがて機銃の射撃が止んだ。車の川底を走る衝撃も和らいだ。
レクサスは対岸に辿り着き、大小の石が敷き詰められた河原を走り抜け、小さな径を見つけ、林道へと躍り出た。続いて緑川と彩夏のジープも林道に飛び出た。
「やったぞ!!レクサス」ブルドッグが声を上げた。
「レクサス!!」
俺と凜と蘭もレクサスを褒め讃えた。

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