スワッピング・悦楽の四重奏

四重奏23 秘密の部屋は、今は鏡を閉じて客を待つ貴婦人の佇まい。r

2021/04/26

ミラー越しの恭介の視線に体がぞくっとした。
それは、何か不道徳な予感、性的な予感、あるいはどこかで期待している悦楽への予感の兆しだった。
私は、その予感を頭を振って打ち消した。

車は、見覚えのある街角に入った。
緑の若葉に覆われた欅の林が見えてきた。
私は思わず、アッと声を出した。

その声に恭介が振り向いて、ルームミラーのの中で微笑んだ。
車は、あの鏡張りのエロティックなマンションに向かっているのだ。私はそう確信した。
予想通り、車は欅の林の中の静かな駐車場に乗り入れた。

「着いたよ」
恭介が言った。助手席から裕也が降りて来て、ドアを開け、私の手を取った。私はその手に導かれて車から出た。美帆さんは恭介に導かれ反対側のドアから出た。
バタンと黒のセダンのドアが閉じられた。

欅の林の向こうに、複雑で機能的な中層のマンションが、夕焼の中で白亜に浮き出ていた。
私たちは、マンションの裏口のフロアに入った。フロアはアンティークな造りになっていて、小さな腰掛や、観葉植物、壁に嵌め込まれた小振りの絵画などが配置されていた。

フロアからは幾つかの廊下が伸びていて、訪れる客や住人が他のグループと、出来るだけ顔を合わさないように設計されていた。それは、プライバシーの保護を超えて、秘密保持への配慮の様だった。

その内の一つの廊下を突き進むと、アンティックな、鉄の格子に保護されたエレベーターが待っていた。
恭介がエスコートして、私たちを導いた。
やがて、私たちは十階の踊り場に着いた。そこは、まさに一戸建てのような小さな庭先だった。

再び体の奥底でぞくっと何かが蠢いた。
恭介が玄関を開けた。
私は、強烈な羞恥を感じた。
あの夜と朝、恭介と大胆で淫らな交わりをして、私の全てが晒された部屋なのだ。
今また、私の全てが晒されたような感覚に襲われた。
今は恭介だけにではなく、夫に、そして恭介の妻の美帆さんに、私の体の隅々を晒しているようだった。

裕也が私の手を軽く握っていた。
私は不安げな表情で裕也を見詰めていたのに違いない。裕也が、武骨な貌の中に優しい笑みを浮かべて言った。
「お前が全てを晒した部屋だろう。恥ずかしがらなくてもいいよ、俺も全てを晒したんだから」
そうなのだ、私はVTRの中で、彼と美帆さんがこの部屋で性交している場面を、隅々まで観たのだ。
「そうよ由希さん、わたしもよ、私の全てを観たでしょう」
美帆さんが妖艶に微笑んで、腕を軽く私の腰に回して言った。

恭介が先導して、私たちは広いリビングに入った。
リビングの突き当りはガラスの壁で、その向こうに、大きな温室のようなベランダがあった。
その彼方には都会の夕焼が広がっていた。
私は、リビングの天井を見上げた。
今、天井は木調の板張りとなっていて、おの大きな鏡は閉ざされ、居間全体は、気品に満ちた貴婦人のような佇まいを見せていた。