約束の金曜日、夕方五時に、会社のビルの外れの公園の側で、黒いセダンが止まっていた。
助手席で夫の裕也が手を振っていた。運転席には、恭介の影があった。
後ろ座席のドアを開けると、美帆さんが微笑んで座っていた。
私はその横に乗り込んだ。
「お久しぶりね」美帆さんが言った。
「会うのは半年ぶりかしら」
そう答えながらも、私は妙な気分に襲われた。
夫は美帆さんを抱いた。
私も恭介に抱かれた。
二組の夫婦の四人は、いわば、セックスで繋がっていた。
奇妙な仲間のように感じられた。
車が静かに発進した。
運転しながら、恭介は簡単に報告した。
恭介と美帆さんは、ハリウッドへ飛んだ。
クロード・シャノン監督にアポを入れていた。
大牟田という男の紹介だということで、面会はすぐにOKが出ていた。
会ったのはハリウッドの巨大なスタジオだった。
宇宙のどこかの惑星らしい荒野に、アメリカの片田舎のような、さびれた町角が作られていた。
スタジオの隅で、シャノン監督とマネージャーのドナルド、そして恭介と美帆さんの四人が、小さな会議テーブルを囲んだ。
簡単な挨拶を済ますと、シャノン監督がスタジオを顎で指して言った。
「レイ・ブラッドベリの火星年代記のワンシーンだよ。私は永年、ブラッドベリの映画化を温めていたんだ。過去にも映画化されたが、陳腐極まりないものばかりだった。しかし、私のは違う! 」
いかにも自信ありげで、映画作りが嬉しくてたまらない、という顔付で語った。
恭介は事前に、情報ブローカーの大牟田からその情報を得ていた。
シャノン監督が今までの映画製作の集大成として、火星年代記を撮ろうとしていると。
日本からハリウッドへ来る間ずっと、恭介は監督の落としどころを考えていた。頭の片隅で、レイ・ブラッドベリ、火星年代記、というワードがちらついていた。
恭介も読んだことのあるSF小説だった。どことなく哀愁を帯びて、壮大で、しかし、古きアメリカを彷彿とさせる味のある作品だった。
それを映画化しようとしているのだ。
テーブルに着いた瞬間に、アイデアが閃光のように浮かんだのだった。
「その一場面に新車を走らせませんか?」
恭介が単刀直入に言った。
「ん」
と言った顔で、シャノン監督が恭介を見詰めた。
「あり得ますね」
ドナルドが言った。
「あり得る!!」
監督が大声で叫ぶように言った。