スワッピング・悦楽の四重奏

四重奏37 女の闇の戦い。夫にも周囲にも絶対秘密。r

2021/04/26

その料亭は、二駅ほど離れた、外国の大使館などが並ぶ街の外れにあった。
ビルとビルの間に少し狭い門があり、奥へ続く通路の両脇には季節の植え込みが客を出迎えた。
通路の突き当りは小さな門構えとなっていて、そこのインターホンを押すと、暫くして女将が扉を開けた。

「お久しぶりです。もうお待ちですよ」
女将はそう言って、妖艶な笑みを浮かべた。
私は女将の案内で、続く前庭をさらに奥に進み、次に現れた大きな門をくぐり、主廷に出た。手入れされた日本庭園の中に、時代を感じさせる建物が屋根が広げていた。
ひっそりと閉じた玄関が待っていて、女将が引き戸を開けた。

藤枝専務が密かに利用する料亭だった。政府高官や著名人も秘密の接待や会合に使っているらしい。
そして、客同士が顔を合わさないような作りと、細心の注意で客をもてなすそうだった。

階段を登り、廊下を何度か曲がり、ある部屋の襖が開けられた。
そこは和室になっていて、正面のガラス戸の格子の向こうに、日本庭園が広がっていた。新緑の植え込みの一角に、赤とピンクに彩られた幾つもの牡丹が満開の花を咲かせていた。

「おう、待ってたぞ」
藤枝専務がすでに待っていて、背広の上着は脱いでワイシャツ姿で、座卓に座ってビールを飲んでいた。
その顔は、まさにボクサー犬で、頬のあたりが少し垂れ下がり、鼻は上を向き、目はぎょろりと開かれ、初対面の者はその凄みにたじろかされた。

食卓の上には、品の良い和食の大小の器が並んでいた。
「では、ごゆっくり」
そう言って、女将は早々と席を外した。
私は、食卓を挟んで座卓に座った。
「お久しぶりです」私はまず挨拶の言葉を投げた。
「まあ、とりあえず一杯!」
専務は、そう言って、私にビールを注いだ。
私はそれを一気に飲み干した。

専務は、梶木が作った企画書を黙って読んだ。
読んでいる間、私は小鉢類や刺身をつついた。
読み終わった後、企画書を前に、腕を組んで考え込んだ。
専務は一言も発しなかった。長い時間が経った。

「面白い。よくこんな契約を取り付けたな」
独特のだみ声で言った。
「専務もご存知の、葉月の力です」
「なるほど」

藤枝は、そう言って私の眼をじっと見つめ、心の奥底まで覗き込むようにして言った。
「で、どうして欲しいのだ」
「プレゼンまでの予算を一億円ほど下さい。そして、プレゼンが成功した暁には、私を制作局長に据えてください」
私は、藤枝のぎょろ眼を真っ向から見据えて行った。
私は考え抜いた提案をした。

「ほう」
藤枝は驚いたように、そして、感心するように言った。
「君も、ビジネス社会で成長したね」
「はい」
「私が欲しいものは知ってるね」
「はい」

藤枝は食卓を回り込んで来て、私のそばに寄ると、私の頬を掌で包み、ボクサー犬のような大きな舌を、私の唇の中に押し込んできた。