凜は間一髪で危機を脱した。
「しかし、問題はここからだ。」椎名は続けた。
凜に関する情報が全て漏れたため、クレジットカード、運転免許証、パスポートなどが使用不可能となった。これらを使用した瞬間、居場所がすぐ知られるからだ。
スマホも完璧に盗聴されるため、もちろん使えない。
彼女は逃げながらスマホを投棄した。
スマホこそ、常時GPSに繋がっており、位置情報がバレバレになるからだ。
「で、悪いが、実は、桐野、事前にお前のスマホの番号を彼女に教えておいたのだ。最悪の時は、何らかの方法で、お前に連絡しろと言っておいたのだ。」
剛一はびっくりした。
「ちょっと待て、それはルール違反だ。俺のスマホの番号が奴らに知られたら大変なことになる。」
「大丈夫だ。彼女に教えたのはお前の番号を三十二桁に暗号化したものだ。彼女は当然完璧にそれを暗記した。そして、桐野、念のため、このアプリを装着してほしい。そうすれば、会話の内容から、お前のスマホの番号、GPSの位置情報など、すべての通信情報が暗号化されるのだ」
「それにしても、なぜ俺だったんだ」剛一が半ば怒った風に言った。
「雁屋の情報は漏れていないが、絶対安全だとは言えないからだ。だからお前の番号を使わせてもらった」
さっきから黙っていた遼介が口を開いた。
「椎名、それ相応の礼はしてもらうぞ。一つ、今起こっている一連の防衛省問題から、如月会に関する情報を完璧に遮断してくれ。マスコミには一切情報封鎖だ。」
「もう一つ、俺のカンパニーに、十万ドル振り込んでくれ。救出の実費と手数料だ。」剛一が言った。
「そりゃ高い」と、椎名。
「お前が文句言える立場か」剛一が突っ込んだ。
「分かった」
椎名は苦笑して了承した。
「まだあるぞ」遼介が言った。
「潜水艦を用意できるか?」
「何だと」椎名が驚きの声を上げた。
「敵も、軍事上の機密として必死で追いかけるはずだ。日本国内で逃げ延びたとしても、いずれ彼らには発見される。政治上の圧力や外交圧力が必ずかかって来るからな。だから、暫くどこかの国に逃げてもらう。かといって飛行機はまずい。空港のロビーはそれこそ、暗殺にはもってこいの場所だからな。」遼介が言った。
「ウーン」と、椎名が唸った。
「何とか考えろ」剛一が叱咤した。
暫く考えた後、椎名が言った。
「OK、練習用潜水艦に協力を願おう」
「名案だ」と、遼介。
「で、どこへ向けていけばいい?」
「彼女は今大阪あたりだ。だから、和歌山方面だな。どこかの漁港の沖だ。」遼介。
「和歌山か」椎名が唸った。
「具体的な場所は後で連絡する」遼介。
「ところで、潜水艦は和歌山に着くには何日ほどかかるんだ?」剛一が言った。
「それだよ、問題は!!」そう言って椎名は席を外した。
どこかへ連絡を取るのだろうと剛一は思った。
暫くして椎名が戻って来て言った。
「こちらから要請してから約一週間だ。一週間で和歌山に着ける」
「長いな」遼介が言った。
「潜水艦はそう簡単に調達できるもんじゃない。」
「仕方ない、ま、飲もう。久ぶりだ」
剛一がそう言って、椎名に向けてスコッチのグラスを上げた。
遼介はまずいノンアルコールのグラスをあおった。