私は何?
私は誰?
私はどこへ行こうとしているの?
私は穴?
突かれる穴?
射精される穴?
震える穴?
歓喜する穴?
由香里は時折得体の知れないそんな疑問や不安に襲われる。
由香里は画家の道を諦めず、将来は自分の個展を開き、いつかはアメリアに渡ろうと考えている。
今は、フリーのイラストレーターとして収入を得ている。
しかし、フリーランスには厳しいものがある。
固定収入がないのだ。
得意先、例えばデザイン事務所や広告代理店、印刷会社、出版社などでその作品が採用された時にのみギャランティーが発生する。従って、収入は不安定である。
従って、アメリカ行きの資金はなかなか増えなかった。
フリーランスの道を選んだのは、創作する時間を少しでも得たいからだった。
とにかく描き続けなければならない。
例え簡単なスケッチでも、筆を絶やしてはならない。
それが絵描きになる基本なのだと、由香里は自分に絶えず言い聞かせている。
由香里は、そのため、かつてはクラブのホステスなどをして金を貯めていた。
無駄遣いはほとんどせず、安いアパートに住み、服もブランド物は全く持っていなかった。
或る日、そのクラブでレイプに近い目に合い、逃げて、救われたのが桐野剛一である。
その剛一と愛人契約を結んだ。
愛人契約で得た金もほとんど預金に回している。
剛一パパとの契約のため、暮らしのスケジュールが変わることになった。
パパは家庭を大事にしているため、会うのは原則として週一回程度でウイークデイの夜または日中である。
しかし、契約条件として、剛一から呼び出しがあった場合は由香里はいつでもそれに応じなければならない。
また、恋人の若宮正輝とのスケジュールも大切である。
正輝はIT企業の営業マンで、ウイークデイは夜11時頃まで働き詰めなので、会えるのは土日祝日である。
今のところ、パパのスケジュールとダブったり不都合が生じたことは無い。
さらに調整が必要なのが、デザイン事務所等得意先とのスケジュールである。
イラストの打ち合わせ会議、作品の納期等結構不規則なスケジュールが発生する。
しかしもっと大切にしたいのは、自分自身の創作活動である。
画家として成長するためには、日々の創作活動が不可欠なのだ。
しかし、それが思うほどには進まないのが現状だ。
だから由香里の大まかなスケジュールは次のようになる。
ウイークデーの一日の昼または夜、桐野剛一と隠れ家で逢引しセックスをする。
土曜日か日曜日、2週間に一度程度、若宮正輝のマンションを訊ねてセックスをする。
それ以外は、自分の創作活動と得意先から依頼されたイラストを制作し、合間を縫って会議に出る。
やっかいなのはパパとのスケジュールである。
いつ呼び出しがあるか分からないためいつも緊張しているのだ。
もし呼び出しがあれば、仕事であれ、正輝であれ、それをキャンセルしてパパに会いに行かなければならない。
今のところ無茶な呼び出しは無いので助かっている。
そんな日々の中、ぼろアトリエで絵を描いている最中、ふと、心の中にぽっかりと穴が空いたりすることがある。
パパがいない時間。
正輝のいない時間。
創作の手が動かなくなった時間。
誰もいない時間。
誰とも関係のない時間。
その空虚な時間の隙間から霧のような不安が湧き上がって来るのだ。
私は何?
私は誰?
私はどこへ行こうとしているの?
私は穴?
突かれる穴?
射精される穴?
震える穴?
歓喜する穴?