スワッピング・悦楽の四重奏

四重奏49 女の部長が求められる役割とはr

2021/04/26

次の日から私は、シャノン作戦を成功させるべく、制作統括部長深見由希として猛烈に動いた。
まず、チームの再編成と強化を行った。
幾つか有るクライアント別の担当部署からスタッフを選抜しプロジェクトチームを組んだ。
シャノンプロジェクトと名付けて、サブの統括責任者にマーケティングプランナーの梶木を置き、アートディレクター、CM製作チームリーダー、販売促進チームリーダー、媒体チームリーダー等々を配した。

チームの実質的な運営は梶木に任せた。
重大な案件は戦略企画会議にかけられる。
私は、それに向けて関係部署の責任者への根回しを行った。
既に藤枝専務の内諾を得てはいるが、戦略企画会議でスムーズに承認されるためには、彼らへの根回しが欠かせなかった。

私の肩書が制作統括部長とはいえ、たかだか二十八歳の女である。
ビジネススーツに身を包み、ナイスバディーの脚を二本突き出した、色気のある女、としか思われていない。
そんな女が部長だなんて、ちゃんちゃらおかしい。皆がそう思っている。目を見ればわかるのだ。
誰もが皆、私の出方、振舞い方、そして、利益貢献への実績を絶えず厳しくチェックしているのだ。

梶木が作成した社内向け企画書を持ち歩いては、一人一人非公式に話しかけた。
まず部長クラスの根回しだった。制作局の十人の部長たちに、秘密っぽく声をかけた。
更に、制作局、媒体局、海外戦略局の三人の局長まで声をかけた。
執務中のデスクであったり、社員食堂であったり、さらには一杯飲み屋だったりした。
ほぼ三日ほどの時間を費やした。

皆、藤枝専務に飼い慣らされており、要所要所で、専務は乗り気だと仄めかした。
それで、ほぼ根回しは成功した。
最後は、経営企画室の結城室長だった。
私は、室長にアポを取り経営企画室で二人で話すことになった。
「よし、正面突破だ」と自分に言い聞かせた。

結城室長は、藤枝専務を嫌っていた。
東京大学経出身の結城室長は、品格と学閥を重んじるタイプだった。
一方の藤枝専務はその真逆だった。
早稲田出身で、ボクサー犬面し、実利実益一辺倒の男だった。
「藤枝は、わが社の専務にはふさわしくない」と、常々、陰に陽に周辺に囁いていた。

藤枝専務は、それを鼻でヘヘっと笑っていた。
藤枝専務は、部長クラスのメンバーはもとより、役員会のメンバーもほぼ飼い慣らしており、結城室長を完璧に孤立させていた。

都会の空が見渡せる上層階の、広々とした経営企画室だった。
私は室長が応接用のテーブルで、シャノン計画の企画書を読むのを見詰めていた。
フチなし眼鏡が良く似合う、公家出身のような穏やかで、無表情な顔だった。
私にはそれが、一層不気味に見えた。」

「深見部長」
室長が言った。
「部長職の最大の役割は何だと思うかね」
その声は、穏やかで、かつ冷たかった。
予想外の質問に私は少し動揺した。
それは、私を試そうとする質問だった。

私は、動揺を隠し毅然とした態度を装って答えた。
「はい、会社への利益貢献だと思っています。」
「それだけかね」
「もう一つは、部下の育成だと思っています」
「ほう」
「組織は絶えず新陳代謝を繰り返す必要があります。ですから、長に立つものは常に部下を育成し、成果と風土を引き継ぎ、強化していく必要があると思います。」
「なるほど」

「そして、成長し続けるためには、社会から愛され必要とされなければなりません。そのためには、品格のある企業になるべきだと思っています。部長は品格ある部下を育て、品格ある風土を作るべきだと思っています。」
「品格とは?」
「社会への利益還元と、社会への文化的貢献が大切だと思っています」
「ほう」
「シャノン監督は、質の高い映画作りと、地球温暖化対策や野生動物の保護にも大変力をいれている人として有名です。シャノン監督を起用すること自体が、わが社の品格を、一気に高めると考えています。」

私は結城室長の過去の言動から、幾つかのキーワードを引き出していた。
それは、利益だけでなく、人材育成と強化、品格、企業風土、等々である。
そして、私は、女であることを意識したキーワードを加えた。
それは、美しい、というキーワードだった。

「会社が法人という格を持つ以上、美しくある必要が有ると思います。美しい企業行動、美しい企業メッセージ、それこそ女性が輝ける企業、それらが今後一層大事なって来ると思います」
私は、実はこれらの言葉で、専務の秘めた意識を代弁していたのだ。
藤枝専務の「醜」を抑え、専務の好む「美」を肯定し称揚していたのだ。

説得する相手をまず喜ばせる事!
部長の資格であり、最大の役割は、難関突破力だ。
私は自分にそう言い聞かせていた。
やがて、室長の顔に、微かな笑みが浮かんだ。

「藤枝専務はこのことを知ってるのかね。」
「はい、企画書は渡してあります。」
「返事は?」
「リスキーだと言ってました」
私は、室長が嫌う専務が、渋っているという芝居を打った。
それによって、室長の対抗心が、企画の指示へと傾くと計算していた。

「私もぜひ、シャノン監督と会ってみたい」
結城室長が言った。
「この企画が通れば、すぐに日本にお呼びします。その時は是非お会いして下さい」
「楽しみにしてるよ」
根回しは成功したと思った。