林を抜け暫く走り、高野山奥の院参道前の広い通りに出た。大型駐車場があり、中国人を乗せた多数の大型バスが並んでいた。ブルドッグは横目で中国人の群れを見ながら、その先の国道三七一号線へと乗り入れた。それがそのまま竜神スカイラインへと繋がっているのだった。
片側二車線のスカイラインの道幅は広く、手入れが行き届いており車の数も少く南へと延びていた。少し強くなった雨が、スカイラインの先、紀伊半島の山並みを暗く沈めていた。
ブルドッグは前方を見据えながらアクセルを踏み込んだ。
レクサスの余裕のある排気量は、静粛にしかし凶暴に加速して行った。その後を、緑川のジープが追って来た。
出来たら、ドローンに見つかる前に竜神スカイラインを走破して田辺の市街地へ至ればベターである。奴らも人や車が多い市街地で下手な動きはしないだろう、というのがブルドッグの読みだった。
雨脚が速くなって来た。
ラジオは、昨日から続く前線の影響で、和歌山地方は局地的豪雨の恐れあると報じていた。フロントガラスを滝のような雨が打ち付け始めた。ワイパーが激しく左右に振れて雨を払うが、水滴が流れる膜を作り、風景は歪んだ。ブルドッグは舌打ちしながら車のスピードを落とした。
走る車の中で、俺と凜は、雨が斜めに流れる窓の彼方の、鉛色の空にドローンの影を探し続けた。雨雲は熱く、雲の下の空は暗い雨の飛沫に被われていて、それらしい影は見当たらなかった。
「この雨はひどすぎる。少し様子を見よう」
ブルドッグがそう言って、車寄せの空きスペースにレクサスを乗り入れ、停車した。
緑川のジープが続いた。
車の外は雨のカーテンに閉ざされて暗い銀色に塗りこめられた。
凜は雨に歪む窓の外を物思いに沈むようにして見詰めていた。俺はその華奢な肩にそっと手をやった。
凜が振り向いた。眼が輝いていた。ボーイッシュな髪の中で、唇がツンと尖っていた。俺はさりげなく唇を寄せた。凜が俺の舌を求めてきた。俺は優しさを込めて凜の舌を絡め取った。