愛人もどき。危険な女二人。

愛人もどき11 大阪ミナミの怪しげな事務所。奥から女のうめき声

俺は助手席に、後ろ座席に蘭と凜が乗り込んだ。
凜が運転手に告げたのは大阪ミナミの歓楽街宗右衛門町の奥まった所だった。
俺もタクシーの運転手をしているためよく知っているが、そこはそれこそディープなアジアの不夜城と呼んでもおかしくはない街である。
林立する歓楽ビル群の中に、飲食店やゲームセンター、スナック、キャパクラ、ソープ、ゲイバー等々が犇めいているのだ。
行楽客やサラリーマン、ホステスやボーイ、呼び人が、狭い宗右衛門町の筋に溢れていた。

俺たちは車を降りて、凜の告げる番地とビルを探した。試行錯誤しながら、俺たちはそのビルを見つけた。
ビルの入り口には色とりどりの案内板が取り付けられていた。
一階は派手な音響が鳴り響くゲームセンターで、二階から上は飲食店やスナック、バー、キャパクラ、そして得体のしれない店や部屋で占められていた。
目指すのは「朝陽クラブ」という事務所で十階の最上階にあり、その全フロアーを占有していた。
俺たちはゲームセンター横のエレベーターで十階に向かった。
凜は桐野から、そこの辻端社長に会うようにと告げられたという。
「雁屋の紹介だと言えば、いろいろ面倒見てくれるそうよ」
凜がエレベーターの中で言った。
十階でエレベーターを降りると、そこは殺風景な事務所の入り口で、ドアが閉まっていた。
凜がインターフォンのボタンを押した。中で呼び出しのチャイムが何回か鳴った。
暫くすると頭を緑色に染めた男がぬっと顔を出した。

「なんや」
二十代半ばぐらいの不機嫌そうな男だった。
男は蘭と凜の姿を舐める様に視線を這わせた。
俺にはほとんど視線を向けず、凜に言った。
「何の用や」
「辻端社長はおられますか?」
凜の毅然とした態度と声に男は一瞬戸惑ったようだった。
「今、立て込んでますけどな」
「カリヤさんの紹介で来ました」凜が言った。
「カリヤ?、え、あの雁屋さん?」男が驚いたようだった。
男は振り向いて、事務所の奥に向かって叫んだ。
「社長、雁屋さんの知り合いや言うとります」

奥のドアが開き巨体を揺すって男が出てきた。
二メートル近い肥った中年の男だった。不健康な相撲取りといった表情で、顔はまさにブルドッグのように歪んでいた。
いかにも映画の悪役といった男だった。
そのブルドッグが満面の笑みを浮かべて行った。
「よう来はったな。雁屋はんから頼まれてます。よう面倒見るようにと」
ブルドッグが俺たちを事務所の奥に案内した。

事務机が四つほど置かれ、横に間仕切りされた小さな応接スペースがあった。
ブルドッグに進めらて俺たちは応接室のソファーに腰を下ろした。
「緑川、何か冷たいもん出したってや」
ブルドッグは緑色頭の若い男に言った。
緑色の頭の男の名は緑川。分かりやすかった。
「ついでに何か食べ物が欲しんですが。朝から何も食ってないんです」
俺が言うと、ブルドッグは不思議そうな顔をして、俺たち三人の風体をじろじろ見回した。
「そうでっか。何かご希望はありますか?」
「焼き肉がいいわ」
蘭が切羽詰まったように言った。凜が笑顔で頷いた。
ブルドッグは蘭の熟した体と、凜のしなやかな身体に視線を纏わりつかせながら言った。
「よろしおま、おい緑川、焼き肉弁当、極上三つ買うて来てんか」
緑川は「はい」と言って事務所を出て行った。

事務所の更に奥にも幾つか部屋があるらしく、応接室の間仕切りを透して女の呻き声らしいものが微かに聞こえてくるのだった。

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