私は十号。超高級娼婦。青髭の館。

私は十号 15.いきなりヨットが爆発する

十号……
十号……

自分を呼ぶ声がする。
十号は至福の眠りから引きずり出される。
パパが自分を見詰めている。

起きたかい、十号、空が変だ。ここをすぐ撤収する。

十号は促されて体を起こす。
どれほどの時間が経ったかは全く分からない。
全裸だったはずが、水着がを着け、ガウンを羽織っている。
パパか武史が着せてくれたのだと思う。

十号。
あれをごらん。
ドローンだ。

武史バンガローの外で空を指さした。
隣には夏希が寄り添っている。
指さした沖を見ると、小さな飛行物体が染みとなって青い夏空を汚している。

武史がスマホを耳に当てて誰かと交信している。

分かりました
OK!
急いで……

そんな会話が終わるか終わらない内に、ドローンが急接近してくる。
ローターが6個ついている大型ドローンだ。
形状が確認できる程に近づいたところで、下から何かを発射した。
その物体が白煙の尾を引いて、ヨットをめがけて飛び込んでいく。
超小型のミサイルだ。

やられたーっ

パパが叫ぶ。
次いで、ヨットの後方部に赤い炎が舞い上がり、激しい爆発音を立てる。

「軍事用ドローンだ。
正確にエンジン部分を破壊した!」
武史がスマホに向かって叫ぶ。

ドローンが方向を変えてこっちへ向かって来る。
吊り下げた機銃の銃口が十号たちを狙っている。

「かがんで、頭をひくくして!」

パパが引き倒すように十号をテーブルの下に押し込む。
武史と夏希も必死で駆けてきてそこへ飛び込む。

ダダダダ

銃口が火を噴いた。
弾丸の連射が浜辺の砂を弾き飛ばしながら、バンガローに向かって来る。
十号は思わず頭を抱え込む。
パパが十号に被さり、守ろうとする。
武史も夏希に被さる。

銃弾がバンガローを襲おうとした瞬間、ドローンはいきなり態勢を崩し、よろめき、屋根を超え雑木の中へ落下した。

何?

十号が思わず声を上げる。

「見ろ!」

パパが、燃える希望号の彼方を指さしていう。
水平線の手前で、白い舟影がやはり燃えている。
そこから二艘の黒いボートが飛沫を上げてこちらへと向かって来る。

やっと来たか!

パパがテーブルの下から這い出して言う。

皆がそれに続く。
見ている間に、ボートはどんどん近づいて来た。
一艘は、燃える希望号の背後に止まり、もう一艘はこちらの浜へと向かって来る。
パパがボートを迎えるため、浜に走り出る。
武史を先頭に、夏希と十号も波打ち際へ向かう。

黒い軍用ボートが、見る間に近づき熱い浜に乗り上げた。
胴体は厚く頑丈な特殊なゴムで出来ていて、見るからに機動性に富んでいるようだ。
中から三人の迷彩服の男たちが降りて来る。
背の高い男が二人、背の低い男が一人だ。
背の高い二人は銃を斜め横に構えて、バンガローの奥の雑木林に向かって走り去る。

もう一人の背が低い中年が四人に近づいて来る。
小柄で、迷彩服の腹が窮屈そうだ。
動きからして指揮官らしい。

「無事だったか」小柄な男が声をかける。
「ありがとう、しかし遅かったな」パパが答える。
二人は知古なのだろう、受け答えに親密感が有る。
「そう云うな。これが精一杯だ。沖の司令船は破壊した。漁船だった。乗組員五名は今、海の上だ」
「救助しなくていいのですか」武史が訊く。
「その内、仲間が助けに来るだろう。来なけりゃ死んじゃうがね」
男は冷たく言い放つ。

男が十号に顔を向けた。

あら!

十号が思わず声を上げた。

やあ十号! 相変わらず綺麗ですね!

それは、あの海豹男だった。
舘で自分を堪能した男だ。
丸顔で、目が大きく、黒い瞳が潤んでいてくりくりしている。
どことなき愛嬌があり、憎めない顔つきだ。
十号は当然、男の名前も素性も何も知らない。

なぜここに?

十号が問う。
男はにやりと笑って、

企業秘密だよ

とそっけない。
獣を構えた二人は、バンガローの奥の雑木林を、手際よく安全を検証している。

パパが海豹に手を伸べる。
二人は旧知のようで、固く握手する。

「相変わらず元気そうで!」と海豹。
「君こそ!!」

そう言って二人は十号にちらりと視線を投げる 。
二人の目が笑っている。
互いに十号との関係を知っているようだ。

「危機一髪だった。奴らも本気を出して来た」海豹が言う。
「ありがとう。日本も居づらくなってきたようだ」パパが答える。

沖の希望号に目をやると、後部のエンジン部分から火が上がるのみで、火は消えている。
もう一艘の男たちが消火したのだろう。
その上空を軍用ヘリがプロペラの音を立てて、こちらへと向かって飛んでくる。

十号と夏希さんはヘリに乗ってください。パパは俺たちのボートへ。武史君は後に残って事後処理を頼む

OK! 武史が答える。

帆走で帰港するよ。厄介な事務処理や、裏の手配はお任せします。
と、武史。

任せとけ、それはこちらの専門だ、すぐ済むよ。
海豹が目をくりくりさせて云う。

海豹が言い終わらない内に、パタパタパタパタとヘリコプターが頭上でホバリングし始めた。
強い風が吹き降ろしてきて、十号と夏希のガウンをはためかす。
二人のセクシーな水着と肢体が風に吹き曝される。

ヘリの胴体から、救助員がロープにぶら下がって降りて来た。
男がまず、夏希にっ救助用ロープを巻き金具を付け、華奢な胴体を抱えて吊り上げ、ヘリの内部に消える。
続いて再び男が降りてきて、十号を抱えて宙に吊り上げる。
眼下で、武史とパパと海豹が手を振っている。
遠くに煙にくすぶる希望号が見える。

短時間で十号はヘリの中に引っ張りこまれた。
思ったより中は広いく、前方にコクピット、胴体の左右に簡素なベンチがあり、エンジンとプロペラの轟音が響いている。
操縦士と、その背後に一人、胴体の部分に二人、合計4人の迷彩服の男たちがいる。

夏希が簡易ベンチでタオルケットにくるまっていた。
不安そうな表情を浮かべていたが、目が合うと、瞳をきらきらと輝かせて子供のように笑った。
十号にもタオルケットが渡された。
強烈な風で体が冷えていたが、タオルケットが温かく包んでくれた。

これをヨット救助の連中からから預かって来たよ

タオルケットを渡した男が、二つのバックを渡した。十号と夏希がヨットに放置してきたレジャー用の帽子トートバックだ。

わーっ、ありがとう!

夏希が歓声を上げた。

命の次に大切なバッグよ、ありがとう!!

十号も素直に喜んだ。

お化粧品と、下着と、衣類よ。
中は見なかったでしょうね。

十号が男を見上げて意地悪な質問をした。

勝手に見えちゃったよ。
可愛いく、ぐしゃぐしゃで小さなブラとパンティーだね。

男がにやにや笑っている。
精悍な顔があった。

スケベ―

と、十号は言ってアッカンべーをした。
そして、

あれ?

と、微かな声を上げた。どことなく見覚えのある顔だ。

すると男は両手で顔を覆い、中指と薬指の間に隙間作り、仮面のような形を作った。
その奥に黒い瞳が光沢を放っている。
仮面の下の顔半分がにやりと笑う。

あーっ!

十号が声を上げた。
あのカーニバルの仮面の男だ。

なぜここに?

仮面男が答えた。

企業秘密だよ。

パパと武史はどうなるの?

夏希が不安そうに首を振る。

パパさんは別動隊で安全な某所へ。
武君は、帆走して自力でヨットハーバーへ。
面倒な自己手続きは仲間のプロが片付けてくれる。

で、私たちはどこへ?
十号が訊く。

安全な所へ降ろしてから、車でごそれぞれの五自宅までおりしす。

私たちの車はどうなるの?
さらに夏希が心配そうに訊く。

仲間が、借りたところへ返しに行きます。心配なく。

窓の外を見ると、相模湾の海が西日を反射して銀色に輝いている。
太平洋側にはそそり立つ積乱雲が群れを成している。
陸地の遠くには山並みの黒い影が連なり、さらに左側の遠方に富士山の小さな姿が見える。

これ、自衛隊機よね?
だったら厚木基地へ向かってるの?

十号が旺盛な好奇心を出して訊く。

今日の人は覚えてませんよね?
何も知らない。
そうでしたね、十号。

カーニバル仮面男がいきなり、青髭のルールを持ち出した。
その顔はしかし、親し気に微笑んでいる。
十号はルール通りいつものように答える。

はい。
何も覚えていません。
何も知りません。

ヘリコプターは傾き始めた陽を受けながら、パタパタと空を叩いて北北東へと進路を取った。

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