私は十号。超高級娼婦。青髭の館。

私は十号 122.巨大雲が襲って来た

バンガローの中はクーラーは無いが、四人にとっては天国のような涼しさだった。
真ん中に木製の武骨なテーブルが有り、それをコの字形にベンチが囲んでいる。
武史は背中のリュックから様々な部品やグッズ、食材のパックなどを取り出した。
翠にはそれはまるでマジックに思われた。

武史がテキパキとバーベキューコンロセットを組み立てた。
そこへ携帯用木炭をくべ、バーナーで火をつけ、焼き網を置いた。
パパが食材パックを開き、細切れの肉や野菜類を広げていった。
また、小さく折りたたんだ保冷パックの中からは缶ビールや酎ハイが次々と取り出した。

「パパたち、キャンプ慣れしてるのね」
十号が訊くと、パパが微笑んで答える。

「野戦病院で鍛えられたんだよ」

武史が引き継いで簡単に説明した。

病院とは名ばかりの簡易テントだけの応急処施設だった。
包帯や止血剤と鎮痛剤しかなかった。それでもましな方だ。
電気はなく、夜は簡易発電所の中で治療に追われた。
そして、誰かれとなく、鉄板の破片や木炭の屑を持って来てくれて、簡易な料理を作ったんだ。
そら豆や、トマト、卵、肉類など。
食糧不足の中で、我々を少しでももてなそうという心遣いだ。
俺たちはそこで、生き延びるための、バーべキューや料理の簡易な作り方を学んだんだ。

十号が訊いた。
「俺たちって? 誰、何」

武史が続けた。
パパはかつて国境なき医師団に属していた。
パパと知り合った頃、僕はJAICAつまり海外協力隊員だった。
そこで、様々な国に出向き、様々な人たちと出会った。
パパとの出会いは戦禍が絶えない中東。それ以来のお付き合いだ。

「今は何してるの」十号が更に訊く。
「詳しくは言えないが、海外での救助活動が主だよ」
「凄いね」夏希が目を輝かして言う。
「いや、厳しい現実ばかりだよ」
武史の目は笑っていない。

「出来たよ」
パパが言った。
牛肉がいい具合に焼き上がっている。玉葱とニンニクの匂いが香ばしい。
パパの横に十号、対面のベンチに武史と夏希が並んだ。

夏希が甲斐甲斐しく皆のために紙皿に料理小分けした。
パパが缶ビール配る。
四人は次々とプシュッ、プシュッとプルタブを開ける。

「かんぱいっ」十号が音頭を取る。
「何のかんぱい?」夏希が訊いた。
「いいの、とにかく乾杯っ」十号がもう一度声を上げた。
四人が声を揃えた。

乾杯!

パパと武史の目が笑っている。
キンキンには冷えていないが、炎天下の海では救われるような冷たさだ。

四人はハーバーを出てからまともな食事は摂っていない。
正午を過ぎた今、皆は腹ペコだった。

「さあ、ドンドン食ってくれ。食える間は食う!それが幸せだ」

パパはそう言ってスペアリブにかぶりついた。
武史もそれに続く。
翠も負けずに、骨を掴み、大きな口でスペアリブに噛みつき肉を引き裂く。
まるで野生の魔女だ。
夏希は小さな口で、ネズミのように肉をかじった。

四人が肉や野菜をほぼ食い終わたころ、いきなり周りが暗くなり冷たい風が吹き出した。
海上から巨大な黒雲が凄まじい速さでこちらにに迫って来る。

スコールだ!!

海上に稲妻の閃光がギザギザに落下する。
強烈な落雷音が響き、海を閃光が走る。
その一つが、希望号のマストの先端で

ドドーン

と爆発し、閃光を上げる。

あーっ!
船がーっ!!

十号が叫ぶ。

「大丈夫、避雷針がしっかり守ってくれる」
パパが大声で言う。

雷は、マストの先端の避雷針から、光る龍となって海上へ飛び込んでいく。

そして、たちまち、浜の周辺に激しい雨がザーッと降り出した。
バンガローを豪雨の暗く厚いカーテンが覆う。
轟轟うと音を立てて屋根を叩いた。
雷の不気味な重い響きが雲の中を走り回っている。

次の瞬間、海から走ってきた稲妻が光り、辺りは一瞬、巨大なフラッシュが焚かれたように閃光が弾ける。
バンガローの背後だ。森の中で一本の木が燃え上がっている。
十号はしがみついたパパの胸から顔を出して、閃光の先、雲の上をを目で追う。
真っ黒な雲の塊の中で、光る龍たちが火を噴いている。

きゃーっ

夏希が叫んで武史の厚い胸に飛び込む。
次の瞬間、バンガローには横殴りの雨の塊が飛沫となって飛び込んで来る。
木造の構造物がきしみ、ガタガタと不安な音を響かせる。

「大丈夫だ、すぐに止む!」

武史が、夏希を抱きながら皆に大声で叫ぶ。

武史が言ったとおり、スコールと雷の凄まじい蹂躙はやがてやみ、黒雲が浜を去った。
黒雲の頂上は眩く白熱し、巨大な積乱雲が青空の中に聳えている。

アーッ ハッハッハーッ
アーッ ハッハッハーッ

と巨大な雲が哄笑している。
そして、悠然と島の彼方へと流れていく。
まるで夢のようだと、十号は思う。
浜辺に再び熱い日差しが戻ってきた。

-私は十号。超高級娼婦。青髭の館。