私は十号。超高級娼婦。青髭の館。

私は十号 12.至福の浜辺で


正午。

海と空は光の下で白熱した。日はその下にある世界を隅々まで照らし出すようだった。
H島が群青の海に姿を見せ、ずんずんと大きく迫ってきた。
デッキで愛を交わしてから二時間ほど経っている。

振り向くと、いつの間にか翠たちの背後で、パパと夏希が腰に手を回し合って島影を見ていた。
夏希の瞳が濡れている。
きっとアクメにさらわれたのだ。
十号はそう直感した。

希望号は濃い緑に囲まれた島の沿岸を南へ下った。どこまでも険しい岩の磯が延々と続く。
しばらくすると小さな入り江が現れ、更にその奥は小さな砂浜とバンガローの影が見えた。

武史は入江の沖に希望号を停泊させ錨を下ろした。
これ以上近づくと、船の下の舵やバランスをとるための長いキールを壊してしまう、という理由からだった。
武史は船尾の収納部から大きなゴムの塊を引っ張り出した。それにホースらしきものをあてがい、電動で空気を送り込んだ。
空気が充填されると大きくて頑丈な軍用ボートの姿を現した。それに簡易エンジンを取り付ける。
出来上がったボートをウインチで吊り上げて、器用に船尾の海上へと下ろす。

パパが手を添えて、波に揺れるボートへ女二人を案内する。
不安定なボートは上下左右に揺れ、そのたびに十号と夏希がキャーキャーと高い声を上げる。
最後に、武史が大きな荷物を背負って乗り込み、エンジンをかけ、砂浜へと向かった。

四人は浜の波打ち際でボートを降りた。
翠には船の揺れが体に染みついているため、砂浜が揺れていないのが不思議で奇妙に感じられた。
砂浜と灌木群の境目に小さなバンガローがあった。
ほとんど屋根だけの構造で、簡素な茶屋を思わせる。

容赦ない照り付けには、女二人の薄いリゾートガウンは何の役にも立たなかった。
日は二人の肌を直撃した。強烈な熱さだった。しかし、潮風が熱さを少し和らげた。

潮風が二人のガウンを翻した。
エスニックの花がらから透ける十号の体。
白いガウンの下に透ける夏希の体。
ガウンが翻るたびに二人の四肢が陽に曝される。
二人は眩い浜の風景に嬌声を上げ、屈託なく笑い、何かを語り合っている。

女二人の後から付いてくるパパの脳裏を、破壊され崩れ落ちて乾燥した街の風景ががよぎる。

見渡す限り破壊された建物群の残骸。
崩れ落ちたコンクリ―の瓦礫の群れ。
遠くに空爆の轟音と盛り上がる真っ黒な煙。
あちこちに無数に転がる無残な死体。
血は乾きすでにどれも干からびている。
子どもの死体も無造作に放置されている。
空は雲一つ無く晴れ渡り残酷なまで青くに美しい。
パパは瓦礫の中でなすすべもなく立ちすくんでいる。

砂浜と女二人の風景の中に何の脈絡もなく無残な街がが現れたのだった。
薄衣を翻す二つの女体は、この世とは別次元の幻のように思われる。

「パパ、疲れましたか}

背後から猛の声がした。
振りむくと、精悍な貌が微笑んでいる。

「すこしね」
「夏希さんに精を放ちすぎたんでしょう」
「まだ放ち足らん」
「ハハハと」猛が爽やかに笑う。
「嫌な風景が頭をよぎった。中東だ」
「そうですか」

そう言って、武史は沈黙した。
そして、もくもくと大きな荷物を背負ってバンガローへと向かった。
女達が楽し気に手を振っている、
パパは、脳裏の風景を追い払って、女達に手を振って応えた。

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