いよいよ夏が終わろうとしていた。
教授はフランスの量子力学学会へ主出席するために飛んで行った。
僕と教授の妻は、広大な敷地と優雅なログハウスの別荘に再び二人きりになった。
蒼穹には、夏の終わりを思わせる鰯雲が群れていた。
僕は遠くの芒の高原を高原を目指して、ジープのハンドルを握っていた。
助手席の彼女は、豹柄のボディースーツにその豪奢な裸体を包んでいた。
頭には、目と鼻だけを覗かせたマスクをかぶっていた。やはり豹柄だった。
赤い首輪をつけ、助手席で安らいでいた。
まさに全身で挑発する女豹だった。
この前は、教授がその女豹を芒の海の中に放ち、疾走する女豹を麻酔銃で仕留め、僕と二人で女体を貪った。
しかし、今日は、二人で、散策するだけにしていた。
散策と言っても、彼女を鎖を繋いでの刺激的なものだった。
林の外れで車を止めた。
小さな渓流があり、小さな橋が架かっていた。
僕は鎖を握り、彼女を従えて橋を渡った。
橋は二人の動きにつれて左右に微かに揺れた。
下の方には渓流が爽やかな音を立てて流れていた。
対岸へ渡って、雑草の間を掻き分け、砂利と岩に囲まれた川辺に降りた。
辺りは耳鳴りがするほどの静けさだった。
僕は、鎖を引っ張り、女体を手繰り寄せた。
女豹の、引き締まった美しい女体が僕に絡んできた。
耳元で囁いた。
したいの?
でも、今はだめよ。
美しい目と唇が微笑んでいた。
僕は軽く接吻した後に訊いた。
「あなたもフランスへ行くの?」
「行くわ。十一月ころに。私は宇宙物理学会で短かな研究報告をする予定よ」
「どんな研究なの」
「ブラックマターと世界の出現、というものよ」
「難しそうだな」
「あなたにはとても難しいわ。要は、ビッグバン以前の世界についての考察なの」
「ふーん」
僕は、キラキラ光る彼女の瞳を見詰めながら、その脳内を見てみたいと思った。
教授と僕の激しい愛撫と蛇身の責めに、口と蜜壺とアナル、そして女体全体で反応する彼女。
愛液を迸らせ、二人の精液を飲み込み、アクメに絶叫する彼女。
一方で、宇宙の根源を探っている、その地味な研究生活。
観察と数式を駆使する強力な知性。
更には、水泳競技大会へ向けて緻密にトレーニングするアスリートの体と心。
彼女の脳内では、凡庸な僕には想像ができない、神経のパルスの夥しい群れが、いくつもの星雲の様に輝いているのだろうと思った。
「フランスからはいつ帰って来るの?」
僕は、何となく嫌な予感、別れの予感を感じながら訊いた。
「分からない。帰らないかもしれない」
さりげなく言った。
僕は何も言わず女豹を抱きしめた。
暖かく、弾力があり、脈動していた。
これは残酷な仕打ちだと思った。
僕を惹きつけ快楽へと引きずり込みながら、しかし、僕には決して所有されない。
抱き締めても抱き締めても、僕の体から、僕の腕の中から、彷徨い出てしまうのだ。
僕には、女体への渇望だけが残される。
彼女がフランスへ去ったら、まさに、僕は渇望の化身となってしまうだろう。
太陽が僕と彼女をひりひりと焼いていた。
清流の冷たさが欲しかった。
僕はTシャツとジーンズを脱いだ。パンツも脱いだ。股間の蛇身が反り返っていた。
鎖を外して、彼女を清流へと放った。
女豹は、嬉しそうに川の中に身を投げた。
ボディースーツが水を含み、艶やかに光り、贅沢な女体が浮かび上がってきた。
僕は、蛇身の激しい渇望を、必死で抑え込んでいた。
僕の胸元の小さな金の鈴が、僕の渇望を感じ取り、チカチカ微かに光っていた。
あら、光ってるわ。
とってもしたいのね。
でも駄目よ。
女豹は笑ってそう言い、清流の中に身を沈め、首を出して、女豹の様に悠然と回遊した。
雑木の葉群れが水面に影を落とし、彼方に蒼穹が広がり、女豹の輝く女体が神話の中の生き物の様だった。
女豹は幻。
僕の執着。
エロスの幻。
僕はいつしか、教授の呟きを呟いていた。