愛人もどき。危険な女二人。

愛人もどき61 美脚の彩夏が大阪府警を騙って男を撃退r

2021/04/25

敵を巻くために俺たちは山間部をとにかく走った。
県道か市道か村道か分からない細い道が続いた。対向車が来たらどちらかが後退して、適度なスペースのある所まで戻って、相手に道を譲らなければならない狭さだ。速度はせいぜい時速三十キロメートル程度で極端に落ちた。舗装と未舗装の道路が交互に入れ替わり、左手は山側で雑木の枝葉が車体を弾き、右の下方には川が流れ、路面の水たまりでは飛沫が跳ね上がった。
とにかく、漁港に向けて走るしかなかった。

小さな村落を過ぎ、いよいよ林の樹々は密度を増し、雨も激しくなった来た。
「道は間違ってないか?」
ブルドッグが大声で言った。
「大丈夫、予定通りよ。道はくねって細くなるけど、スカイラインの先の三七一号線に繋がるわ」
ナビゲーター役の蘭が言った。

ゆるやかなカーブを曲がった時だった。前方に車の影が見えた。ブルドッグはヘッドライトを点けた。
煙る雨の中で両者は三十メートルあたりで停まった。
相手は軽トラックで荷台には伐採したばかりの大量の枝葉が積んであった。そして俺たちに対面して、大きくクラクションを鳴らし、動こうとしなかった。
「何してんだ、あいつ、突っ張ってるのか」
俺が言った。
「ここは俺のらの道だ、お前らが避けろ、といってるようよ」凜が言った。
「シャーネーな、一発脅すか」
ブルドッグがこわもてした声で言った。
「私に任せて」
無線から彩夏の声が聞こえた。

後のジープから彩夏が降りてきた。
先ほどの半透明の雨合羽を羽織っていた。レクサスの横を通り過ぎるとき、俺たちを見て悪戯っ子のような笑みを送った。
彩夏は物怖じもせず、クラクションを鳴らし続ける軽トラックに近づいた。降りしきる雨の中で、半透明のビニールの合羽の下で、彩夏の華奢な後姿と、ショートパンツから伸びた後足が艶めかしかった。
軽トラックから人が下りてきた。がっしりした体に黒のTシャツ姿の男だった。男は何かを喚いていた。すると彩夏はポケットから何か手帳のようなものを取り出して、男に突きつけ、何かを説明しているようだった。
続いて、ブラウスの襟元に取り付けた無線マイクのボタンを押した。
ブルドッグの無線機から、彩夏がプレスした信号が届き、すぐに消えた。
「ん?」
ブルドッグが小さく呟いた。
それは彩夏の何処かへ緊急連絡を取るようなジェスチャーだった。

暫くすると男は軽トラックに戻り、ゆっくりと車を後退させ始めた。
彩夏が戻って来た。
俺はドアを開けて、彩夏に訊いた。
「何がどうなったんだい」
すると彩夏は先ほどの手帳らしきものを俺の目の前に突き出した。
映画で見た事のある、二つ折りのワッペンのような、警察手帳だった。雨で滲んでよく見えなかったが、大阪府警らしき文字がゆがんで見え、リカちゃん人形のような顔写真があった。
「後で説明するわね」
そう言って、彩夏はジープに乗り込んだ。

ブルドッグはゆっくりとアクセルを踏んだ。
前方では、軽トラックが後退し続け、やがて少し開けた路肩へ退避した。俺たちが通過するとき、軽トラックの運転席で先ほどの男が、俺たちを不思議そうに、そして怪しげに睨んでいた。
ブルドッグは窓を締めたまま、運転席から「すみませんね」と呟いて、頭を下げた。

彩夏が無線で俺たちに説明した。
「大阪府警の者だって言ったの。そして、玩具の警察手帳を突き付けたの。今、内密で、府警の大物がこの辺りを視察している最中です。後の車に乗ってるわ。速やかに道を開けてくださいって、頼んだの」
「ようやるのーー」
ブルドッグが無線で答えた。
「で、相手は、ふざけるな、お前ほんとに警官か、ねーちゃん、等々、ぶつぶつ言いだしたので、こう言ったの。公務執行妨害よ、あなたのお名前と住所は?今から、あなたのことを本部に問い合わせます、って。そして、無線のマイクボタンを押したの」
「ハハハ、それでか、あの無線の途切れた音は」
「相手は、待て、分かったよ、と言ってしぶしぶ車に戻ったわ」
「上出来ね、彩夏ちゃん、あなたも私たちの組織に入れば?」
蘭が言った。
「結構です、私にはムリ!」
そう言って、彩夏が楽しそうに笑うのが聴こえた。