沖に広がる海と手前に見えるプールの水面が溶け合って沖縄の夏を贅沢なものにしていた。
二人はシャワーを浴び、着替えた後、レストランで朝食を摂った。
由香里は朝からステーキを頬張った。
分厚いサイコロの肉を手際よく形のいい口に放り込んだ。
豪快とも言える食べっぷりだった。
「お肉をどんどん食べて、炭水化物を断つの。糖質制限というダイエット法よ」
「ヘー」
「糖質を断つことで、体の中の焦付きが少なくなるの。筋肉が引き締まり、基礎代謝が増し、血流もよくなるの」
「ヘエー」
「簡単に言えば、ご飯を抜いて、その分お肉を食べればいいの」
剛一にはよく分からなかったが、その効果は均整の取れた由香里の体が証明しているようだった。
由香里は甘い飲み物を避けていた。
南国特有のトロピカルフルーツやドリンクを避け、コーヒーや緑茶、水を飲んでいた。
バイキングコーナーのドリンクバーから、剛一にはオレンジジュース、自分用にはアメリカンコーヒーを持ってきていた。
剛一はスクランブルエッグとソーセージ類、フルーツと野菜、パンなど、レストランバイキングの定番を摂った。
由香里が肉を食べ終わり、剛一がパンを食べ終わったころ、二人の席へルーカスがやってきた。
「素晴らしーホテルだ。そして不気味なホテルだ。違いますか?ミスター桐野」
ルーカスが挑戦的な視線を剛一に投げかけた。
「さっき猛から電話があった。あなたが全てを知っていると」
「そうですか」
桐野はニヤリと笑って答えた。
「ま、どうぞお座りください」
そういって、ルーカスに、対面の椅子をすすめた。
ルーカスが席に着くと、剛一は入り口のマスターに、手を振って何かの合図を送った。
マスターはうなずいて、席にやって来ると
「猛様からの預かりものです」
と言って封筒を手渡した。
「由香里、済まんが席を外してくれないか」
「いいわ。ショップでも見学してくる」
由香里は、剛一とルーカスの緊張した空気から逃れるように席を立った。
由香里が去ったあと、剛一はじっとルーカスの瞳を見据えた。
ルーカスが見返すと剛一の瞳には深い不気味な闇があった。
「あなたの名誉のために、彼女を外した。ここからはあなたと私だけの事柄だ」
そう言って、剛一は封筒の中から数枚の写真を取り出した。
「昨夜はお楽しみのようでしたね」
写真を見て、ルーカスは青ざめた。
その写真は明らかに隠し撮りされたビデオから抜き出された映像だった。
深々とキスをする均整のとれた体の猛と中年の金髪アメリカ人、ルーカス。
目を閉じて甘えて恍惚とするルーカス。
キスされながら首を抱えられ、一方の手でペニスをしごかれているルーカス。
背後からアナルを犯されているルーカス。
猛の太い蛇をスを喉奥まで飲み込んでいるルーカス。
猛の口内射精で白濁した液を口から噴き出しているルーカス。
ルーカスは狼狽し、怒り、そして怯えていた。
「この写真は、このビデオは私が預かっている」剛一が言った。
「お前がすべて仕組んだことか?」
「そうだ」
「どいうことだ。何が目的だ」
「あなたの会社は私どもの子会社WWITを乗っ取ろうとしている。株の敵対的買収によってね。」
「それはとっくにお前が知っていることだ。こちらからもお前にオファーを出している」
ルーカスが言った。
「そう。買収が成功したら、その子会社WWITの社長のポストをくれるという約束だ」
剛一が答えた。
「じゃ、なぜこんなことをする必要があるのか?」ルーカスが怒鳴った。
「私の提案を聞いてほしい。いや、受け入れてほしい。そうでないと、この写真をばらまく」
ルーカスの表情が一層青く暗くなった。
「あなたの会社の買収行動は続けてくれ。成功した後、私をWWITの社長にする必要はない」
「どいうことか」
ルーカスは剛一の提案が理解できなかった。
「お前は買収をOKするのか?」
「そうだ、買収を阻止はしない。」剛一が答えた。
「お前は自分の会社を裏切るのか?」と、ルーカス。
「そう思っても構わない。」
「自分の属する社会を裏切る男は信用できない」
「俺には俺の生き方がある。」剛一が答えた。
「買収は進めさせてもらうとして、何が目的だ」ルーカスが言った。
「毎年一千万ドル、約十億円を指定するタックスヘイブンのカンパニーに振り込んで欲しい。」
「一千万ドル?そんな大金を?」ルーカスが驚いて目を開いた。
「今度の買収する企業の利益から見ると雀の涙だ。それに、あなたは買収を成功させて一層の信頼を得る。きっと年俸も上がるだろう。おれは雀の涙で少しだけ潤う。ウインウインの関係だ」
「経理の目がごまかせるとでも思うのか」
「そこは何とかしろ。あなたは財務担当役員だ。いいか、ルーカス、これはお願いではない。命令だ」
剛一が強く言った。
そして剛一はめったに見せたことのない暗い目でルーカスを睨んだ。
それは犯罪者の目であり、裏社会の目であり、暴力的な目でもあった。
ルーカスはその目に恐怖を感じ狼狽し、返答に詰まった。
ルーカスは黙した。
何かをしきりに考えている様子だった。
「ルーカス。そのお礼に、猛との交際を取り持つつもりだ」微笑しながら剛一が言った。
その言葉にルーカスの表情が複雑に変化した。
その目に、羞恥、狼狽と怒り、そしてかすかな喜びの光が入り混じっていた。
「卑劣だぞミスター桐野。」
「違う、これは戦争だ。交渉だ。」
ルーカスは頭を抱え、豊かな金髪を掻きむしり、何か呻いたようだった。
剛一はスマホを取って誰かに電話した。相手が出たようだった。
「話はついたよ」
剛一が手短に言った。
そしてスマホをルーカスに回した。
受け取ったスマホからの声を聴きながら、ルーカスは駄々っ子のような、子供に戻ったような表情を浮かべた。
「わかった。今夜そこへ行く」
そういってルーカスは電話を切り、剛一に戻した。
「猛が今夜東京で会おうと言ってきた」
ルーカスが嬉しそうに言った。
「それは良かった」
剛一が微笑した。