深夜、CMの撮影が終わった後、打ち上げパーティーへの誘いを断って、一人でスタジオを出た。ふとした心の揺らぎで、強いアルコールが欲しくなった。
仕事仲間とたまに立ち寄るこのショットバーに足を向けた。
女性客は私だけだった。
何組かいた男性客の目が一斉に私に注がれた。こんなところへ一人で来る女はめずらしいのだろう。うるさい視線を無視してカウンターに向かうと、顔見知りのマスターが、無愛想に、ショットグラスにいつもの銘柄を注いでくれた。テーブルに肩肘を突き、ピーナツを頬張りながら、そのストレートのバーボンを口に含んだ。
二杯目を喉に流し込んだ時、声がした。
「由希さん、お一人ですか? いい飲みっぷりですね」
声の方に顔を向けると、葉月恭介がいた。私が多用するCMプロダクションのオーナーだ。
夫の深見裕也の昔からの友人でもある。親友と言ってよいくらいの付き合い方だった。
仕事場以外では、彼は私を由希と名前で呼ぶ。葉月夫婦とは、時々会食をする中だ。プライベートな時は、私も彼を、恭介と呼んでいる。
私は何も答えず、フフと微笑みだけを恭介返した。
「今日の撮影は良かったですね。由希さんのディレクションが絶妙だったからですよ。良いライターに良いディレクターをキャスティングしてくれたお陰で、良い作品が撮れましたよ」
恭介はぞっとするほど美しい微笑みを浮かべた。彼はいつ見ても美しい。そうなのだ、業界でも、彼の美しさには定評があった。鋭い顎の線。流れるような唇。極めつけはその妖艶な目尻だ。その辺の男優や芸能人には到底及ばない美しさなのだ。単に美形というだけではなく、怪しい気品が漂っているのだ。私は、美しい吸引力に抗いながら、できるだけ素っ気なく答えた。
「そう。ありがとう。嬉しいわ。あなたが起用したカメラマンとモデルさんもよかったわ。」
すると恭介は、さらに艶めかしく微笑みながら、グラスを寄せてきた。
「今日の由希さんに、乾杯」
そう言って、彼は私の目を見詰めながら、自分のグラスを飲み干した。
その夜はなぜか寄り道がしたくなっていた。
理由は薄っすら分かっていた。夫を避けたかったのだ。ここ最近、夫に抱かれると全身に鳥肌が立つのだ。理由はわからない。ただ、とても疲れるのだ。気怠く、うっとおしく、泥沼に引き摺り込まれる感じなのだ。今夜は、一人で、仕事が完結した喜びを少しでも長く感じていたかったのだ。
飾らないショットバーだった。肴は鰯や焼き鳥の缶詰、チーズ、ポップコーン、ナッツ類等、気軽なものが殆どで、逆にアルコールが進むのだった。恭介がグラスを空けると、私も続いて空けた。私が空けると恭介が空けた。たわいもない世間話と肴がマッチしていた。遠くで「飲みすぎだよ」という声がしたのを覚えている。
肌寒く感じて目が覚めた。
カーテンの隙間から光が漏れていた。
私はシーツの中で全裸だった。
隣に男がいた。
恭介だった。
何?これ!
私はパニックに陥った。
恭介は寝返りを打ち、私に抱き付き、恐らく無意識に私の恥丘に手を伸ばし、私の割れ目に指を這わせた。
何? これ!
私はもう一度、心の中で叫んでいた。