その女は夫の教授を追ってフランスへ飛んだ。
九月の初めだった。
それ以後、女からの連絡は一切途絶えた。
教授からの連絡も途絶えた。メールもラインもなかった。
鈴の音も鳴らなかった。
女と教授はまさに幻の様に消えた。
それから二年が過ぎた。
八月の早朝のリゾートホテルの浜辺。日は未だ昇っていなかった。
しかし、空は曙光のプラチナ色に輝き、浜辺とホテルの周囲の木々がその姿を現し始めていた。
海鳴りと潮風が気持ちよかった。
僕と新しい恋人は早朝の浜辺を散歩していた。
浜辺にはだれもいなかった。
僕の胸元には二年間沈黙を続けている小さな金の鈴があった。
僕の願いで、恋人は全裸で、その上に熱帯植物をデザインしたビーチガウンを羽織っているだけだった。
僕は何の変哲もない濃紺のトランクスタイプの水着だった。
僕たちは自然に、誰の視線にも曝されない場所、ホテルの夥しい窓から見られない場所を求めていた。
やがて小さな小屋が現れてきた。
作業道具や船の小道具などを置いてある小屋だった。
おいで
僕は小屋の陰に恋人を誘った。
目の前には、もうすぐ朝日が満ち溢れるだろう、濃紺の海が広がっていた。
背後に小屋があり、リゾートホテルからの視線を完璧に防いでくれていた。
ガウンを脱いで
僕が言うと、恋人は言われるがままにガウンを脱いだ。
綺麗な裸身が現れた。
僕は無意識に、去った女の体と比べていた。
その女の体はゴージャスと言えた。
水泳で鍛え上げた流線型の体幹。
エネルギーが満ちた張り詰めた両脚の太腿。
引き締まって上を向く二つの尻の丘。
形のいい乳房。
繊細な流れるような首元。
知性とエロスの輝きに満ちた瞳。
晴れがましい、堂々たる女体だった。
いま、それらが幻の様に蘇った。
今の目の前の恋人も綺麗な体だった。
しかし、その女と比べると普通の体だった。
いわば、日常の可愛らしさだった。
曙の光を受けて、恋人の体はプラチナ色に輝いた。
僕は恋人を壁に預けて立たせたまま、脚を開かせ、太腿の下から舐め上げた。
クッツ クッツ クッツ
と押し殺した声で恋人が呻いた。
僕は何度も何度もクンニを繰り返した。
恋人はとうとう我慢できずに、僕の上に崩れ落ちた。
僕は恋人のガウンを砂浜の上に広げ、その上に恋人を仰向けに横たえた。
その躰の上にかぶさり、唇を吸った。
そして、熱く硬くなった蛇身をのたうつ身体の中に沈めた。
恋人には悪いと思ったが、あの女の女体を思い浮かべていた。
ゴージャスな女体。
女豹の流線型。
そして、奇跡的な膣の動き。
まるで生き物の口と唇の様に自立して動く襞壁と筋肉だった。
恋人はうわ言のように
好きよ 好きよ
と繰り返した。
自ら腰を上下させて僕を求めた。
僕もそれに答えた。
ピストン運動を速めた。
しかし僕は脳内の一点で醒めていた。
恋人の喘ぐ顔にその女の美しいアクメの顔が重なって来た。
僕はその顔を振り払った。
僕はまだ女の幻を求めていた。
しかし、あの鈴の音は止んで久しい。僕はまだ、思い出の残骸に固執している。
僕はそれを断ち切ろうと思った。
新たな出発が必要だと思った。
恋人を突いている蛇身の根元から射精への予感が競りあがってきた。
恋人が全身で僕に絡みついてきた。
唇と腕と腹と蜜壺と両脚で僕を締め付けた。
波の音が聞こえていた。
小さな金の鈴を、騒ぐ海に投げ捨てている、自分の姿が見えていた。