高校三年生の夏休みだった。
空には巨大な積乱雲が聳えていた。
二十五メートルプールの水面に、私だけが水しぶきをあげていた。
私は、ブロックの女子競泳大会出場に向けて、一人でクロールの練習をしていた。
その日は、水泳部も休み、グランドの野球部やサッカー、テニス等、他のクラブにも人影はなかった。
私一人が、プールと空を占有している贅沢な日だった。
私は、一人での練習が好きだった。
誰にも邪魔されないのが好きだった。
水中に入ると、外界の音は全て遮断され、床に広がる光の縞や、前方に見える揺れてくすむプールの壁のタイルがが、別世界となって広がっていた。
そして、この孤独感が好きだった。
水中で、私は自由で、意識も体も解放されるのだった。
だから、練習も人一倍好きで、お陰で、競技の成績はぐんぐん伸びた。
プールから上がると、重力がどっと私を襲った。
水中には浮力があるため、体は軽く感じられているが、いま、その重力が押し寄せたのだった。
別世界からの帰還だった。
八月の光は強く、プールサイドのタイルの床は熱かった。
ゴーグルを外し、ベンチに掛けてあったタオルを首に巻くと、半分駆け足で、水泳部のある、薄暗い階段の入り口に飛び込んだ。
その時、入り口の隅から人影が現れた。
先輩!
二年生の由梨花だった。
影の中で、由梨花は佇み、私を見詰めていた。
ボーイッシュなショートヘアーの下で、瞳がキラキラ光っていた。
切羽詰まった光だった。
どうしたの?
そう聞いても由梨花は黙ったままだった。
ジーンズにライムグリーンのタンクトップ姿だった。
ね、どうしたの?
なにかあったの?
私は近づいて顔を覗き込んだ。
水泳部の中で、いや、全校生の中でもトップクラスの美少女だった。
そして、私のきつい指導にもしっかりついてくる頑張り屋でもあった。
本当にどうしたの?
突然彼女の可愛い顔が崩れて、泣き顔になった。
そして、濡れたスクール水着の私に飛びつき、抱き付いてきた。
私を見詰め、泣き声で言った。
先輩!
好きです。
好きです。
ごめんなさい。
大好きです。
どうしようもないんです。
レズって嫌でしょう?
でも先輩が好きなんです。
美しい瞳に水玉の涙が溢れ、今にもこぼれそうだった。
彼女のボーイッシュな頭を抱えて
よし
よし
と言いながら、どうしたら良いのか分からずに髪を撫でさすった。
どうして泣くの?
私は聞いた。
だって、レズって嫌でしょう?
おかしいでしょう?
レズの私なんて気持ち悪いでしょう?
一度、言葉が途切れた。
そして、下を向いたまま、くぐもった声で小さく呟いた。
先輩、私と付き合って下さい!
静かな静かな階段に、由梨花の秘密を打ち明ける小さな声が響いていた。
由梨花は人知れず悩み、誰にも相談できず、自分が異常だと思い込み、孤独の淵で喘いでいたのだと思った。
でも、私はレズの告白にどう応えたらよいか分からなかった。
すると由梨花は目を閉じ唇を突き出して、私の唇を探ってきた。
戸惑う私の唇を探り当てると、子供が母親の乳首を吸うように、チュウチュウと音を出して吸った。
私も、訳が分からずに、彼女の柔らかな唇を、チュウチュウと吸った。
私の中に切ない感情が湧き上がってきた。
由梨花が愛おしく感じられた。
唇を、不慣れに寄せ合いながら体が燃え始めた。
私の手が自然に、由梨花のタンクトップを捲し上げ、ブラを引き上げ、乳房を求めた。
初めて触る同性の、他人の乳房だった。
柔らかく弾んでいた。
その頂点に堅くなった乳首があった。
私は、それこそ自然な流れで、由梨花の唇から唇を離し、今度は乳首を含んだ。
由梨花が私の頭をギューッと抱きしめた。
私たちの恋が始まった。