スワッピング・悦楽の四重奏

四重奏11 鏡よ鏡、二十八歳の女は綺麗? まだまだ綺麗?r

2021/04/26

大通りを少し中に入った所に私の住むマンションがある。周囲を植栽に囲まれた瀟洒な外観だ。
ローンの返済は、夫の収入と私の収入を合わせた所得に見合うように計画された。夫が三十三歳、私が二十八歳という年齢からみれば、少し高価な物件だ。

マンションのエントランスでタクシーを降り、シックな玄関をカードで開けて建物の中に入った。
私たちの部屋は最上階の十階にあり、見晴らしはいい。
部屋の玄関を開け、中に入る。いつもの生活の匂いと、風景が私を待っていた。
今朝まで恭介と過ごした秘密のマンションと比べる、なんとも貧相なつくりだ。
いや、比べること自他がそもそも間違っている。あのマンションとは次元が違うのだ。
それでも4LDKはあるのだ。
玄関から廊下を過ぎ、居間に入った。
大型のTVモニター画面が真っ暗になって沈黙していた。

さっき、タクシーの中から夫に電話したのだった。
「今から帰ります」
「翠ちゃんとは楽しかったかい?」と、軽く訊いてきた。
「ええ」私は曖昧に答えた。
「俺はこれから研究室に行くよ。夜は少し遅くなる。ごめん」
そう言って彼は電話を切った。
よくあるパターンだった。

夫の深見裕也は、一年ほど前にWWIT社のロボット事業部を辞め、小さな会社を立ち上げた。AIとロボット開発にかかわる会社で、幾つかの大手企業からの開発を請け負っていた。
独立して自分の目指す研究ができる半面、シビアな納期や、競合との価格競争が待ち受けていた。自然に、仕事に奪われる時間が多くなり、私と過ごす時間も極端に少なくなった。
家に帰って来るのは深夜二十四時頃、土日祝日の勤務も当たり前になった。

いつか彼に言ったことがある。
「また、元のように何処かの会社に勤めたら?」
「いや、俺には夢がある、自考自走式の極小ロボットの開発だ。それも細胞レベルのロボットだ。必ず巨大な利益を生むものだ。それ以上に、この開発はロボットの世界に革命をもたらすものなんだ」
そう言って、自分の夢を語り、私の話など見向きもしなかった。

私は寝室に入ると、服を脱ぎ、そのまま浴室に向かった。
小さな窓が開いていて、採光は良かった。私はすぐにシャワーを浴びた。シャワーが今朝の記憶、体の記憶、肌にしみ込んだ快楽の記憶を洗い流して行った。
シャワーの後、洗面台に鏡に映る自分の顔をしげしげと見詰めた。

深見由希。二十八歳。まだ二十代だ。しかし、若くはない。いや、若い。
鏡よ鏡
私は綺麗?
まだまだ綺麗?
私はぶつぶつ言いながら顔を洗った。
鏡の精が鏡の奥で笑っているようだった。