スワッピング・悦楽の四重奏

四重奏10 浮気の後、夫の顔が浮かんで。r

2021/04/26

時計を見ると午前十一時近かった。
「私、帰らなくちゃ」
「そうだね」
彼は特別私を引き留めなかった。二人は、そそくさと下着と服を身に着けた。

「寝室や、使ったお風呂など、そのままでいいの?」
「いいんだよ、放っておいて。ルームサービスがちゃんとしてくれるんだ」
「やっぱり、ホテルなのね?」
「少し違うんだが、そう思ってもいいよ」

広い玄関だった。
有名な画家の絵や、現代彫刻がさりげなく飾られていた。
靴を履き終わると、恭介が私の腰に腕を回し引き寄せた。そして軽く接吻したあと、私の目を見詰めて言った。
「また、ぜひ、この部屋で会いたい」
私は黙って答えなかった。

ドアの外に出ると、そこは一戸建てのような小さな庭だった。住人のプライバシーを徹底して守っているのか、各部屋の入り口はどこにも見当たらない構造になっていた。
庭を出ると、専用のエレベーターが待っていた。エレベーターを降りると宮殿の様な入り組んだ廊下になっていて、やがて私たちはロビーへと出た。

広い、気品のあるロビーだった。
ロビーを横切るときも人影は皆無だった。宮殿風の建物の玄関を出ると、小雨に濡れる欅が周りを取り囲んでいた。欅の木立の一角に駐車場があった。

恭介は私を黒いセダンに乗せ、イグニッションキーを入れた。車内に重厚で微かなエンジン音が響き、静かに車が動き出した。
車はやがて一般道へ出た。しばらく走った後、恭介が言った。
「また逢おう、ぜひ逢おう」
私はやはり答えなかった。

車は小雨の都会の中を走っていた。私はぼんやりと外の風景を眺めた。
大変なことをしてしまった。
夫を裏切り、彼の妻を裏切った。
裏切りの感覚と共に、体中に漂う快楽の余韻を感じていた。自己喪失した様な不安定な感じだった。

やがて、車は私が知っている街角に出た。
「ここで降りるわ」
恭介は驚いた様子を見せたが、納得して、車を停めた。
車から降りると小雨が降りかかった。四月の心地よい微風が頬を撫でた。恭介の車は去って行った。

私が知っている駅が有った。
私はそこでタクシーを拾い、家に向かった。
脳裏を、夫の顔がよぎった。