愛人もどき。危険な女二人。

愛人もどき38.鬱蒼とした木立の中の控えめな寺

四八号線は国道ではあるが、まさに田舎道である。曲がりくねっていて狭い道が続く。
雨の中で、早い夕暮れがやって来た。俺はヘッドライトを点け、ひたすら走った。やがて、舗装道路が現れ、道幅が少し広くなり、急勾配となった。
過去二、三度来たたことがある道である。坂道を登りきると大きな看板が出迎えていた。

ようこそ高野山へ

そこは住所表記上は高野山町で、金剛峰寺を中心にして広がる巨大なスピリチュアルゾーンである。
説明によれば、総本山金剛峯寺という場合、金剛峯寺だけではなく高野山全体を指すらしい。
そして、無数に存在する寺や院は、塔頭寺院たっちゅうじいんと呼ばれる。高野山全体を巨大な寺に見立て、塔頭寺院は山内に建てられた子院という意味らしい。その半数は宿泊施設を備えた寺で宿坊と呼ばれ、高野山を訪れる参詣者へ宿を提供している。

「社長!着いたぞ!」と俺は大声を出した。
後座席でブルドッグや蘭、緑川、彩夏がぞろぞろ起き出す気配が上がった。
「やっと着いたか」
ブルドッグが気持ちよさそうな声を上げた。

俺はカーナビに従って、そのスピリチュアルゾーンのメインストリートを通り抜け、奥の院の前を通過し、暫く行った辺りで、山中への小道に入った。
辺りが杉の木立に囲まれて鬱蒼として来た。山腹の中央部あたりだろうか、まだ暮れ切らない夕闇と雨の中で、その寺はひっそりと佇んでいた。
控えめな門に、控えめな看板がかかっており、控えめな文字で

 密海寺

と書かれてあった。
俺は寺の門をくぐり、木立の下の駐車場にレクサスを停めた。するとブルドッグがさっさと降りてきて玄関に向かった。
同時に玄関が開いた。

「お帰りなさい」 と、艶やかな女が出迎えた。
俺は思わず「アッ」と声を出した。
あの、ブルドッグの家にいた藤さんだった。白の法衣の上に、略装の透けた黒い紗を着ていた。質素で慎ましやかであるはずの法衣が、色っぽく見えた。

「お遅かったですね」と藤さんが言った。
「色々大変なことがあってね」
「お疲れさまでした」
「滝に打たれたい」ブルドッグが言った。
「じゃ、すぐに準備します」
 そう言って、藤さんは寺の中へ消えた。

ブルドッグが、藤さんの出現に呆然としている凜と蘭と俺に向かって言った。
「皆で滝に入ろう」
「皆って? 滝って?」凜が訊いた。
「皆で、滝行たきぎょうだ」

ブルドッグは如何にも面白いといった様子で、ガハハハと笑った。

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