悦楽の読書

海のシンバル。久々原仁介

久々原仁介@カクヨム @kYa3tu6ZYRwTm4R さんへ。
海のシンバル読ませて頂きました。
まず最初に一言。
素晴らしいです。
感動しました。
作品の素晴らしさは、他のレビューの方々が書いておられる通りです。

僕が感じた核心部分だけを記します。

独特の透明感にまず惹かれました。主人公の周辺世界からの距離感、そしてRの希薄性と神秘性。
これらの希薄性でで物語を構成することは非常に難しいと僕は考えています。
しかし、久々原さんはそれを見事にやってのけました。
この希薄な世界で、ところどころに見える生々しい描写。
「シーツの上にまかれた精液」などが鮮烈さを増し、この小説の凄さを見せつけています。

そして、登場人物の描写にも感心しました。
登場人物はほんのわずかです。
ライターの秋山さん。
仕事仲間のマリーさん。
スーツ姿の男
金髪の男
花柄ドレスの少女
物語の核心の先輩。

この人物たちがわずかな描写ににも関わらず、確かな存在感を持って描かれています。
力量を感じます。

そして、ユニークな仕掛けが周到です。
言葉を交わさないファッションホテル。
手紙をやり取りする気送管ポスト。
そこに送り込まれるカプセル。
このやり取りの時の音、シュルシュルーが実はシンバル、これが物語のに繋がっている。

何よりもユニークで驚かされたのは
手紙上でのセックスです。
これは凄い。
こんなことを描いたのは久々原だけだと思います。
文字だけのセックスですが、非常にリアリティーが有りました。

そんな優れた作品ですが、
「サンテンイチイチ」というキーワードが出てきた時は
「またか?」
とう失望感を感じました。

いわゆる既視感です。
日本人にとって根深い既視感が有ります。
そして、ある価値観、倫理観、感性を規制する無意識の規範が思考を拘束します。
その予感がしたのです。

少し、心配しながら読み進んだのですが、うまく切り抜けています。
でもある種の既視感的プロトコルには嵌まってしまっています。残念です。

もう一つ大事な残念さが有ります。

Rは死ぬ必要があったのか?
なぜ死なねばならなかったのか?
彼女は大学受験に挑戦したはずです。
途中、何らかの伏線があったかも知れませんが、僕には分かりませんでした。
この主人公が死ぬ、過去を思って、過去に戻ろうとして死ぬ。
これは悲劇のプロトコルと言って良いでしょう。

この二つに危惧を感じましたが、作品の完成度は高く、素晴らしく、感動的でした。
これからも頑張ってください。




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