愛人契約

愛人契約97.エピローグ

十一月が過ぎると、すぐに十二月になり、あっという間に年が変わり、時間が経ち、二月の終りになった。
日差しに春の気配が感じられた。

由香里は白色のセダンの後座席にいた。
運転するのは金城武で、助手席にはルーカスが座っていた。
今日、ルーカスが、六月にオープンするシティーホテルのオーナーを由香里に紹介するという事だった。
由香里はルーカスに、今まで書き溜めた絵やスケッチの画像を預けていた。
それを見て、オーナーが是非会いたいとのことだった。

「オーナーは、由香里さんの、あの巨大な中世風の塔の絵が非常に気に入ったみたいですよ」
ルーカスが言った。
「嬉しいわ、もうすぐ完成なんです」
「めまいがする絵だ、て言ってました」
実際その絵はもう完成間近だった。
傾いた巨大な塔は完成していた。
後は、上空の巨大な雲の、夕焼の細部を仕上げるだけだった。
「上手く行くといいですね」
運転しながら猛が言った。

ある街角に来た時だった。
「ちょっと止めてください」由香里が言った。
由香里は車から降りて、欅の林に囲まれた工事中の建物の前に立った。
それは紛れもなくあの秘密のマンションの跡地だった。
工事の案内看板に大きな文字が叫んでいた。

近々オープン!
日本一の激安の殿堂!

工事現場の囲いの中で、大型クレーン車が数台、鉄骨を空中高く吊り上げていた。
中からは騒然とした建設工事の音が響いていた。
あのマンションの影は一かけらもなかった。

いつか剛一が
由香里は幻だ
と言ったことを思い出した。

そして今、由香里も呟いた。
パパも幻だった。

愛人契約 完

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