愛人契約

愛人契約28.素敵なパパが待つ沖縄へ

「海を見に行こう。すぐ来れるかい。」

剛一パパから電話があった。由香里がデザイン事務所へ電話入れようと思っていた時だった。
今日の午後、新しい企画の打ち合わせがある予定だった。
時計を見ると午前十時前。
「でも午後に、以前からの予定が入っているの」
「約束だろう。私の呼び出しを最優先するという」
「分かっているけど・・」
「じゃあ来なさい」
それは剛一の初めてとも言える命令口調だった。

「え、那覇空港?」
パパが待ち合わせを指定してきたのは遥な沖縄だった。
午後3時頃がいいとも言った。
「そうだよ。急に時間が出来たんだ。どうしても由香里と海が見たくなったんだ」
「でも用意が・・」
「沖縄だよ、外国に行くわけじゃない。」
今日のパパはすこし強引だった。
声もこわばっていた。
何かあったのかしら。
由香里は頭の中でぶつぶつ呟きながら、急いで服を着た。

ネットで調べると12時から13時頃のJALが可能だった。
ここからだと、空港までほぼ1時間半はかかる。
少し急ぐ必要があった。

夏にふさわしい水色のスカートに、からし色のブラウスにした。
小ぶりのキャリーバックには、化粧品のポーチや小物、ジーンズやスケッチブックを放り込んだ。

浜松町でモノレールを待っている時、デザイン事務所へ電話を入れた。
相手はあの、少しアンニュイな奈雰囲気をもったアートディレクターである。
由香里は突然の時間変更に、平謝りせざるを得なかった。
ディレクターの声は冷たかった。
「分かりました。今回は別の人に頼むよ。だけどドタキャンなんてあなたの信用はがた落ちだよ」
それは半ば、今後の仕事の依頼は無いかもしれない、という警告とも取れた。

「チクショウ」
由香里は無性に腹が立った。
それはディレクターではなく、自分自身への怒りだった。
小さなデザイン事務所の小さな仕事に頼らざるを得ない、今の自分への怒りだった。
「画家になってやる。一流の画家に!!」
由香里は自分に言い聞かせた。

羽田に着くと剛一に電話を入れ、到着予定時間を告げた。
「嬉しい。由香里本当にうれしい。私のわがままを訊いてくれて」
由香里は、大げさだなと思って苦笑した。

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