女体の声/掌編小説集

鈴の音(08)首輪で繋いだ女体の誘惑。エロスと愛は幻か。

いよいよ夏が終わろうとしていた。
教授はフランスの量子力学学会へ主出席するために飛んで行った。
僕と教授の妻は、広大な敷地と優雅なログハウスの別荘に再び二人きりになった。

蒼穹には、夏の終わりを思わせる鰯雲が群れていた。
僕は遠くの芒の高原を高原を目指して、ジープのハンドルを握っていた。
助手席の彼女は、豹柄のボディースーツにその豪奢な裸体を包んでいた。
頭には、目と鼻だけを覗かせたマスクをかぶっていた。やはり豹柄だった。
赤い首輪をつけ、助手席で安らいでいた。
まさに全身で挑発する女豹だった。

この前は、教授がその女豹を芒の海の中に放ち、疾走する女豹を麻酔銃で仕留め、僕と二人で女体を貪った。
しかし、今日は、二人で、散策するだけにしていた。
散策と言っても、彼女を鎖を繋いでの刺激的なものだった。

林の外れで車を止めた。
小さな渓流があり、小さな橋が架かっていた。
僕は鎖を握り、彼女を従えて橋を渡った。
橋は二人の動きにつれて左右に微かに揺れた。
下の方には渓流が爽やかな音を立てて流れていた。

対岸へ渡って、雑草の間を掻き分け、砂利と岩に囲まれた川辺に降りた。
辺りは耳鳴りがするほどの静けさだった。
僕は、鎖を引っ張り、女体を手繰り寄せた。
女豹の、引き締まった美しい女体が僕に絡んできた。
耳元で囁いた。

したいの?
でも、今はだめよ。

美しい目と唇が微笑んでいた。
僕は軽く接吻した後に訊いた。

「あなたもフランスへ行くの?」
「行くわ。十一月ころに。私は宇宙物理学会で短かな研究報告をする予定よ」
「どんな研究なの」
「ブラックマターと世界の出現、というものよ」
「難しそうだな」
「あなたにはとても難しいわ。要は、ビッグバン以前の世界についての考察なの」
「ふーん」

僕は、キラキラ光る彼女の瞳を見詰めながら、その脳内を見てみたいと思った。
教授と僕の激しい愛撫と蛇身の責めに、口と蜜壺とアナル、そして女体全体で反応する彼女。
愛液を迸らせ、二人の精液を飲み込み、アクメに絶叫する彼女。
一方で、宇宙の根源を探っている、その地味な研究生活。
観察と数式を駆使する強力な知性。
更には、水泳競技大会へ向けて緻密にトレーニングするアスリートの体と心。
彼女の脳内では、凡庸な僕には想像ができない、神経のパルスの夥しい群れが、いくつもの星雲の様に輝いているのだろうと思った。

「フランスからはいつ帰って来るの?」
僕は、何となく嫌な予感、別れの予感を感じながら訊いた。
「分からない。帰らないかもしれない」
さりげなく言った。

僕は何も言わず女豹を抱きしめた。
暖かく、弾力があり、脈動していた。

これは残酷な仕打ちだと思った。
僕を惹きつけ快楽へと引きずり込みながら、しかし、僕には決して所有されない。
抱き締めても抱き締めても、僕の体から、僕の腕の中から、彷徨い出てしまうのだ。
僕には、女体への渇望だけが残される。
彼女がフランスへ去ったら、まさに、僕は渇望の化身となってしまうだろう。

太陽が僕と彼女をひりひりと焼いていた。
清流の冷たさが欲しかった。
僕はTシャツとジーンズを脱いだ。パンツも脱いだ。股間の蛇身が反り返っていた。
鎖を外して、彼女を清流へと放った。
女豹は、嬉しそうに川の中に身を投げた。
ボディースーツが水を含み、艶やかに光り、贅沢な女体が浮かび上がってきた。

僕は、蛇身の激しい渇望を、必死で抑え込んでいた。
僕の胸元の小さな金の鈴が、僕の渇望を感じ取り、チカチカ微かに光っていた。

あら、光ってるわ。
とってもしたいのね。
でも駄目よ。

女豹は笑ってそう言い、清流の中に身を沈め、首を出して、女豹の様に悠然と回遊した。
雑木の葉群れが水面に影を落とし、彼方に蒼穹が広がり、女豹の輝く女体が神話の中の生き物の様だった。

女豹は幻。
僕の執着。
エロスの幻。

僕はいつしか、教授の呟きを呟いていた。

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