愛人契約

愛人契約56.極秘の軍事プログラムを入手。ハニートラップ作戦

那覇市国際通りの一角、静かなカントリー調のバーだった。
桐野剛一と雁屋遼介、椎名太一がテーブルを囲んでいた。
店内にはエルビス・プレスリーのラブミーテンダーが音量を絞って静かに流れていた。
剛一と太一はスコッチを飲んだ。
遼介は運転があるからと言って、ノンアルコールのまずいビール風味の清涼飲料水を飲んだ。

椎名太一は防衛省情報本部に勤務し、遼介のかつての同僚だった。
武闘派を思わせる遼介とは対照的に、椎名は髪を伸ばし黒縁の眼鏡が似合う学者風の顔立ちだった。
遼介を通じて剛一とも知己の中だった。
三人は気が合い、年に数回飲み会を持ったりしている中だった。
剛一と遼介に会うため、今日の昼間、東京から飛んできたらしい。
夕方、遼介に連絡が入ったのだった。

「どうだ、救出できるか?」椎名が言った。
「考えてみる」
そう言って遼介は目を閉じた。

剛一はテーブルに置かれた十数枚の写真を見つめていた。
一人の女と一人の男の写真だった。
女は二十代後半か三十代前半。
女はボーイッシュなインテリ風の美人で、白のブラウスと黒のパンツスーツが良く似合っている。
キャリアウーマン、あるいは学術系の女史といった感じ。
名前は凜。

凜は東洋系の中年の男と腕を組んで笑っている。
男の名前は劉浩然。
でっぷり太っていて、推定年齢は四十代後半。
東京工科大学の人工知能と情報工学の教授である。

大阪だろう、賑やかな夜の繁華街を楽し気に歩く二人の姿。
建物の陰で、凜を抱き寄せ接吻する劉。
街角でタクシーに乗り込む二人。
暫くして、どこか地方都市の洒落たシティーホテルの玄関。
タクシーを降りる二人。
劉に寄り添っている凜。
優秀な秘書あるいは助手と言った感じだ。
ホテルの客室の廊下を連れ立って歩く劉と凜。
ある一室に入っていく二人。
それらの写真は凜が劉にハニートラップを仕掛けているものだった。

「殺人ロボットを知っていると思うが」と、椎名が説明した。

殺人ロボットは公にはされていないが、米、中、露、英、韓国で相当なレベルまで開発されている。日本でも極秘で研究開発が進んでいる。
自立型で人間の命令を必要とせず、ターゲットをどこまでも追尾して、最終的にはターゲットを殺害する。
ターゲットが山に逃げようが、海に逃げようが、街に逃げようが、ロボットは、多少遅れてもいつかは必ずターゲットを確実に仕留めるのだ。
人型ロボットは、映画のターミネーターを想起させる。
ヒト型の他に、歩行に便利で障害物を乗り越えやすい四本足の牛のような動物型や百足型のロボット、あるいはドローン技術と組み合わせた飛行物体型ロボット等々、様々な形態と機能が考えられている。
軍隊の人間に変わるロボットシステムとして、各国が相当な予算をつぎ込んで研究開発中である。
云々。

劉が開発したのは、変幻型殺人ロボットと彼が名付けたものだ。
そのプロトコルは各国軍事担当者に衝撃を与えた。
細胞レベルの極小ロボットの集合体で作り上げられる。
言い換えれば、細胞一つ一つがロボットなのだ。
その細胞ロボットが何十兆個と集まって、例えば猫の形をした超ロボットを形成する。
この殺人猫ロボットはターゲットを何処までも何時までも追いかけて、必ずターゲットを殺害するのだ。
もし、敵がその猫ロボットを発見して破壊解体しても、猫ロボットは自分自身を細胞レベルまで分解・離散させ、煙のように飛散し、別の場所で集結し、元の猫ロボットとして蘇生する。
そして再び目的を遂行し始めるのだ。
現状では、この変幻型の殺人ロボットを破壊する論理的方法は確立されていない。

凜は劉に抱かれながら、核となるプログラムを収納したマイクロSDカードを首尾よく入手したらしい。
ところが、椎名の話では、つい先日、イギリスで諜報関連の情報が漏洩する事件があった。その中に凜の情報が含まれていた。
某国の諜報員たちが急遽そのホテルに向かった。
凜に危機が迫った。
こちらの情報部の動きも素早かった。
すぐに凜に連絡を入れて退去命令を下した。
凜は間一髪で窮地を脱した。
しかし、今、彼女からの連絡は途絶えているという。

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