スワッピング・悦楽の四重奏

四重奏41 精悍な初恋の人が、焼け焦げてペニスを失った事。

藤枝と親密な関係を結んだのは、五年程前のことだった。

私は、今の会社の広告制作局ある部署の端っこに、制作アシスタントとして勤務していた。
その時の直属の上司が藤枝部長だった。
藤枝は、幾つものコンペで幾つものクライアントを獲得していた。
発想力、企画力、そして説得力は群を抜いていた。

学生時代はラグビー部に属していて、がっしりした体格だった。
私は彼のアシスタントとして、一緒に、得意先やスタッフの間を駆け回った。
コンペに勝つたびに、私たちは二人だけの祝杯を挙げた。
彼の前には光しかなかった。

藤枝は、私より二十歳年上だ。
そのころは、美しい奥さんと、可愛い高校生のお嬢さんの三人暮らしだった。
そんな家庭があるのを知っていて、私は藤枝に恋をした。
そして、抱かれた。

それまで、学生時代からのの恋人がいたが、藤枝と比べると、すべてが幼稚だった。
若さからくる、性処理行動と愛を混同しているに過ぎなかった。
出会えばすぐ、私を抱き、性交し、射精し、終わった。

藤枝とのセックスは、大人のセックスだった。
私の心と体を優しく解きほぐし、開き、快楽への欲望を引き出し、私の存在を高みへと変えていった。
私は大胆になり、貪欲になり、体の全てを投げ出した。

身体を投げ出しながら、私は彼を味わった。
藤枝は精悍な中年だった。
意志の強そうな唇を味わい、舌を味わい、唾を味わった。
ジムで鍛えたな胸を舐め、腹を舐め、そして怒張した蛇を咥え、喉奥まで導き、白濁の熱い液を飲み下した。
私は幸せそのもだった。

そんなある日の事だった。
クライアントとの会議の後だった。私は藤枝の車に乗っていた。
大きな交差点だった。
赤信号で停車し、私はそそくさと車を降りた。
ドアが締まると、やがて青信号に変わった。

藤枝が車を出し、交差点の真ん中に差し掛かった時だった。
左から大型トラックが徒然突っ込んできた。
アッと思う間もなく、藤枝のセダンが吹き飛び、落下し、そして、爆発的に炎上した。

炎上したドアが開き、中から炎に包まれた藤枝が転がり出てきた。
後続車が次々と停まり、車と人でごった返した。
人混みの中から、一人の男が消火器をもって駆け寄り、泡を吹きかけ、藤枝の火を消した。

消火器の泡の中で、藤枝は炭のようになって転げまわった。
人混みをかき分けて駆け寄ると、藤枝は苦しそうに、私に手を伸ばし、助けを求めた。
私は無意識にその手を掴んでいた。ずるりと皮膚が向けた。
私は
キャー
と悲鳴を上げていた。

救急車が来るのに十分とかからなかった。
藤枝は直ちにタンカーに乗せられた。私も後に続いて救急車に乗った。

藤枝は一命は取り留めた。
あの、一人の男の、迅速な消火器の噴射のおかげだった。
後で聞いたが、その人は後に市と消防署から表彰されたそうだ。

しかし、失ったものは大きかった。
手術の後、顔は、化け物よりはましになったが、ボクサー犬のようになった。
身体中が火傷しケロイドが走った。
身体は、いびつな人体模型のように無残な姿となった。

特に、下半身の火傷が酷く、足腰が変形した。
ペニスは焼き焦げ、根元から切断せざるを得なかった。
辛うじて、陰嚢は救われたが、火傷で著しく変形した。
精悍な貌と体は永久に失われた。

そして、家族も失われた。
あまりにもの無残で怖ろしい姿に、まず娘が拒否反応を起こし、やがて妻も、変わり果てた夫を疎ましく思い始め、結局離婚した。

事故の後、一年ほど藤枝は会社を休んだ。
私は、彼が入院した時から、そして離婚した後も、ずっと、彼を見舞った。
彼は個室で絶望的な日々を過ごしていた。

ある日、彼を見舞うと目に大きな涙を浮かべて
「もうだめだ」と言って、子供のようにわーわー泣いていた。
私も切なかった。
藤枝という超有能な男、そして恋した男が今消えようとしていた。
私を高めてくれた藤枝に、お礼と感謝の意味を込めて、恐る恐る、ボクサー犬の唇に軽く接吻した。

すると彼が突然私を抱きしめた。
分厚いボクサー犬の唇と舌が私を求めた。
異様なものに対して本能的に反応する、ぞくっとしたおののきが、背筋を走った。
しかし私の身体は素直に、醜くおぞましい彼を受け入れた。
身体が受け入れた理由は、愛情からか、彼から仕込まれた肉体の喜びからか、それは分からない。
でも、何かしらの覚悟があった。

私はこのボクサー犬と一生つきあうのだ。
そう直感した。

-スワッピング・悦楽の四重奏