愛人契約

愛人契約30.男の人脈と買収戦

ホテルのベランダには空と海からの西日の光があふれていた。
リビングからバスルームの中が透けて見えていた。
由香里がガラス越しに由香里がシャワーを浴びているのが見えている。
シャワーの水が由香里のはち切れる肌で弾き返されていた。

上品な横顔と閉じた目。
ボーイッシュな髪と頭。
伸びた首筋。
シャワーを持ち上げる腕と脇腔。
盛り上がる乳房。
尖った乳首。
くびれる腰。
豊かな尻。
無毛の割れ目。
少し覗いた肉芽の先端。
大理石のような太腿と二本の脚。
その皮膚をシャワーの水がスコールとなって叩きつけている。

桐野剛一は由香里の身体を目で追いながらスマホに向かって話していた。
相手はアメリカの投資会社の執行役員ジョージ・ルーカスだった。
「今どちらですか?」剛一は英語で訊いた。
「下のプールサイドです。もうすぐサックス演奏が始まるらしい」
「オーケイ。十九時にそこに行きます。」

剛一は、ルーカスから2カ月ほど前に面談をもちかけられていた。
由香里と出会う少し前だった。
剛一は、ルーカスの近辺調査を信頼している私立探偵の北沢に依頼した。
二週間程度経った後、北沢が報告してきた。
「友人の経済誌の記者からの情報ですが」
と北沢は断った後で続けた。

北沢の報告はこうだった。
ジョージ・ルーカスはアメリカの投資ファンド会社に在籍しており、WWIT企業の株買い占めに動いている。
近い内、WWITに本格的な敵対的BOTを仕掛けて、完全買収を図るという噂である。
WWITとは、ワールドワイドインテリジェンステクノロジーの略で桐野が属する帝国電器産業の子会社、人工知能開発とロボット製造開発会社である。
世界のシェアを急激に広げている急成長企業である。
ルーカスはWWITを乗っ取った後、そのトップに桐野を据えたいと考えているらしい。

「ルーカスが桐野さんに興味を持っているのは、桐野さんの人脈です。ルーカスはその人脈ごと桐野さんを引き抜こうと考えているようです。」北沢は報告した。

確かに剛一の人脈は広かった。
閣僚級から経済界、マスコミ界、芸能界等、トップクラスの人脈を20年以上にわたって築いてきたのだった。
IT業界でも、一流の研究者や、JAXA宇宙航空研究開発機構の技術者、グーグルの研究者などトップクラスの人脈も豊富だった。

「私の名をどこで知ったんだろう」
「恐らくワールドトラディッショナル研究会だろうと思います」
ワールドトラディッショナル研究会とは、日本が中心になって、欧米各国の要人たちを組織している、保守思想の研究会である。
研究会というよりも政治的ネットワークセンターのような存在である。
剛一はそこのIT部会の理事長を務めている。

IT部会にはITやロボット技術を核にした、鉄道・航空・輸送、物流、コンピュータ関連、宇宙開発関連等の研究者や企業の実務者が様々なフォーラムを形成している。世界的な財界人や銀行・投資関連会社とのネットワークも強固で、世界レベルでの資金調達や資金投資に絶大な影響力を持っているのである。

北沢の報告には、更に強烈な情報が含まれていた。
「ルーカスは女性と結婚はしているが、嗜好はゲイです。」
そのルーカスと先週、沖縄で会うことを約束したのだった。
「二人だけで、内密な話をしたい」剛一が持ちかけると
「オーケイ。私も賛成だ」と、即応した。

このリゾートホテルの目玉の一つが、夕暮れ時のサックスのソロ演奏だった。
沖縄の八月の日の入りは遅く、夕方十九時二十分頃であった。
「気持ちよかったわ。パパもはシャワーをしたら?」
由香里がタオルを巻いてバスルームから出てきた。
「オーケイ。私を洗ってくれる?」
「洗うだけよ」
そう言って由香里が悪戯っぽく微笑んだ。

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