スワッピング・悦楽の四重奏

四重奏22 シャノン監督へのギャラは幻の新車一台? r

2021/04/26

火星の荒野に新車を走らせる! 恭介のアイデアに監督が乗った。

「そのあと、話が盛り上がったんだ。監督は大変な御機嫌になった」恭介が言った。
「そうなの、突然私の手をとって、フォークダンスを踊り出したの。私はまるでお人形さんのように振り回されてしまったわ」
美帆さんが楽しそうに語った。

「凄いわ、楽しそうだわ、絶対、世界的レベルでヒットするCMになるわ!!」
私も彼らの興奮の中に引き摺り込まれたようだった。

「そして、こうも持ち掛けたんだ」
恭介が話を続けた。

小説の中には、ある日、遠く離れた地球に核戦争が起こる。火星の空の彼方で、小さな地球が燃えるシーンが出てくる。
オーストラリアに貯蔵していた原爆が爆発し、オーストラリアが砕け散る。ロサンゼルス、ロンドンは爆撃を受け、核戦争が勃発する。その光景が淡々と語られている。

「それを、実際のスーパーコンピュータでシミュレーションしてみたいんです。国際政治環境変数と核爆発関連変数、環境変化変数を叩き込んで、原爆爆発が、どのように核戦争を勃発させるのか、そして、核戦争はどのような事態を引き起こし、どうやって終息するのか、その一連をシミュレートしたいのです。単なるCGでは出来ないことです。監督の構想する映画を一層際立つものにすると確信します。」
「なるほど」
監督がうなるように言った。
「そのスーパーコンピュータを扱うにふさわしい人物も紹介します」

「そういういきさつだよ、深見、お前ならやれるだろうう」
恭介が夫に言った。
「面白い、うん、面白い」
裕也も興奮の中に引き込まれていた。

私はしかし、制作の総合ディレクターとして、冷たい質問をした。
「で、シャノン監督を起用する費用はどれくらい?」
「どれくらいだと思う?」恭介が逆に聞いてきた
「監督の最大のヒット作品の制作費が、二八〇億円とか二五〇億円だったと思うわ。そうなると、やっぱり億単位かな?」私は頭の中の計算機を駆使した。

「驚くなよ!」恭介はその美しい顔に悪戯っ子の笑顔を重ねた。
「早く言ってよ」
「金は要らないって!」
「えっ」
「資金の調達は済んでいるんだって、金はあるって」
「どういう事」
「スーパーコンピューターの費用もシャノンが払うって!」
「だから、理由は何なの、はっきり教えてよ」
私は恭介の話術に完全に引き込まれていた。
「費用の代わり、そのアイデアをもらう。そして未発表の新車を一台提供してもらう、というのが条件だ」

私は、成る程、と感心した。
シャノンとしたら、映画の内容はもとより、グローバル企業の起死回生を担う新車を走らせることで、一気に全世界的話題性を獲得できるのだ。

「分かった、シャノン監督の起用、その費用はゼロ、新車一台提供のみ!、恭介、勝てるわ、コンペに勝てるわ」
私はいつも間にか、自分の部下でもあるかのように、恭介を呼び捨てにしていた。
「だろう、俺もそう思う、確信するよ」

私たち四人共に興奮していた。
隣の美帆さんが私の手を握って言った。
「あなたの勝ちドラマがまた一つ増えそうね」
「ありがとう」
私はそう言って、彼女の手を握り返した。

「ところで、この車、どこへ向かっているの?」
私が訊くと、恭介はルームミラーの中で私に微笑んだ。
体がぞくっとした。