愛人契約

愛人契約91.お別れの前の長く贅沢な一日。

2022/07/23

「だから・・・?」
由香里が剛一を見詰めて答えを促した。
暫くの間があった。
「だから・・・思い切って・・・今日で別れよう」
剛一が由香里を見返して言った。
二人の間に沈黙が流れた。

由香里の目から突然、静かに大粒の涙がこぼれた。
透明で光を受けて輝く涙の粒が次から次へと溢れ出た。

剛一は思わず由香里の頭を抱き寄せた。
剛一の胸の中で由香里が声を抑えてしゃくり上げているのが分かった。
剛一はガウンの上から由香里の背中を抱きしめ、子供をあやすように、何度も何度も撫で擦った。
やがて由香里のしゃくり上げが止んだ。

剛一から体を引き離して言った。
「分かったわ。別れましょう。愛人は幸せを願っては駄目だもんね。」
そう言いながらも、由香里の目からは光る涙が流れ続けた。

今度は由香里が剛一の唇を求めた。
剛一の首に腕を回し、自から剛一を抱き寄せ、剛一の唇を舌でこじ開け、侵入し、剛一の舌を絡め捕った。
自分の唾を幾筋も幾筋も剛一の舌へ、剛一の体内へと送り込んだ。
まるで、自分のすべてを飲み込んでほしい、と言った感じで。
それは由香里が剛一を貪る光景でもあった。

剛一の唇を貪った後、由香里の涙が止んだ。
そして訊いた。
「今日一日、パパと一緒にいたいな、駄目?」
「いいよ、一緒にいよう、この際、明日の朝まで、一緒にいよう。そしてお別れだ。」
「嬉しい、この部屋で、一杯一杯、愛し合いたい!」
由香里は、まだ涙がたまっている目を輝かせて、剛一に再び抱き付いた。

剛一が滅多に外泊しないのに、今回は更にもう一泊することになった。
それは、緻密に組んだスケジュールのやりくりが面倒であるだけでなく、万が一のスキャンダルを極力避ける剛一にとって、異例中の異例の事だった。
由香里には、それが堪らなく嬉しく感じられた。

「じゃ、ゆっくりしよう。おいで」
そう言って、剛一が再び寝室のベッドへと由香里を導いた。
布団の中で、裸の二人は子供のように互いをくすぐり合ったりして戯れた。
剛一が布団から首だけ出して、内線電話を取った。

「おなか減ったな、何がいい?」
「焼き肉かステーキがいいわ」
「相変わらず、肉が好きだね」
剛一はニヤリと笑うと、朝食のステーキを二人分をフロントに頼んだ。

その後、剛一はリモコンを操作して、天井や壁の鏡を隠し戸で閉じた。
また、寝室と浴室の間のガラスの壁もカーテンで閉じた。
エロスに満ちた部屋は隠蔽され、リゾートホテル風の贅沢な品の良い高級マンションが現れた。

暫くすると、入り口のチャイムが鳴った。
剛一は、料理を運んで来たボーイ達に、部屋に入ってダイニングのテーブルにセットしてくれと頼んだ。
寝室とは移動式壁で隔離されたダイニングで、ボーイ達がテキパキと食事の用意をするのが気配で分かった。
やがて
「用意が出来ました」
といって、ボーイ達が部屋から出て行く音がした。